2003.2.1-2.28 マン・レイになってしまった人

February 28, 2003 

月末だが、そこそこで帰宅。売上の数値が今一つなので、気合い途切れる。
 
 2ヶ月早いが、毎年恒例の古書目録がベルギーから届いた。やはりセンスの良い仕上がりでうなる。マン・レイに関しては4点掲載されているが、価格がまた上昇している様子。昨年のようなエフェメラが含まれていないので、へんな安堵感。しかし、今年の目録は収録点数が少ないのと、昨年と同一物件が多いので、書店の様子をちょっと心配する。


February 27, 2003 

フランスの古書店からメールが入ったが、「先客の返事待ち」との事。今晩も『documents cafe Man Ray』のテキストに取り組む、分量的には第4コーナーを回ったところか。


February 26, 2003 

今晩も『documents cafe Man Ray』のテキストにジタバタ。黒沢義輝さんから「山中散生ノート」と「日本のシユルレアリスムに関する注釈」届く。


February 24, 2003 

山本善行氏の『古本泣き笑い日記』につられて快速特急に乗ってしまい、阪急電車に桂駅まで運ばれてしまった。「電話や電話。わたしは携帯持ってない。どうしよう。困った。前の席の女子高生に借りようとも思ったが、思いとどまる。」などとページを捲っていたら、種別を確かめずに足を運んでいたのよね。


February 23, 2003 

田中長徳トークショー
ゲスト;坂崎幸之助
メディアジョイ

 

四条烏丸上ルのメディアジョイで開かれた田中長徳氏のトークショーに出掛けた。飛び入りゲストにアルフィの坂崎幸之助氏が登場してのバトルトーク。「クラシックカメラ共和国」の大統領と王子の組み合わせ。会場で昼の弁当を食べてしまうと云う無手勝流を、ストリーミング配信にも載せてしまう人達の楽しい江戸前ののりに聞き入った。リコーGR1Vを勧めた人なので、一度、参加してみたかったのだ。しかし、会場の同好の士はカメラ自慢のオタク達、わたしもその内の一人に見られた訳だが、どうしても居心地が悪い。使用済みのカメラがそのまま手許に残っているというのが、わたしのスタンスなのだ。

 その後、仏光寺道りをブラブラ歩いて、エッセイ執筆の情報収集。四条河原町上ルにあるLUI CHANTANTの2階にある「あーとぷらざ くらもと」で同志社大学写真同好会の卒展を観る。物語性が強いけど北川弥生さんの写真は好きな傾向のもの。また、リーダー格の桧本耐介さんの「びしょぬれランドリー」は写真と自己、モデルの女性と自己との関係が面白くて感心。スナップ写真を撮らしてもらった。


February 22, 2003 

終日降雨で、大人しく『documents cafe Man Ray』のテキスト執筆の資料調べ。研究書、カタログ、雑誌とフラフラ横道に彷徨い込む。最近の「日録風文体」に悩まされ、従前の「エッセイ風文体」を取り戻すのにジタバタ。400字詰めで7枚程度なので、テーマは一つかと思いつつ、想定する読者へのメッセージを意識してペンが進まない。この、悶々とした時間が嫌いではないので、困った物書きだと自画自賛。----違うか。

 午後から雛飾りを出したので、掛け軸も取り替える。状態は良くないけど明治初めに描かれた「清水の舞台と桜の絵柄」のもの。季節が早すぎるけど、今日はそんな気分。岡山の詩人、横浜の友人、東京の先輩と、今日は情報交換をイロイロ。食後に家内が焼いたイチゴ・ケーキを楽しく食べる。


February 21, 2003 

しばらく覗いていなかったフランスを中心とした古書店のデータベースにはまってしまった。欲しい資料が、恐ろしいほど発見される。フランスの古書店の対応は不安だが、突き進むしかないぞと、昨日の注文を一冊減らして、やはり送信する。


February 20, 2003 

手許資金が涸れてしまっているので、フランスの古書店に注文メールを入れながら、身悶えしつつキャンセル・ボタンを押した。シュルレアリスム関連の雑誌が目白押しの新しい書店、住所から見当を付けるとシャイヨー宮の北側だと思うけど、どんな店だろう。新しい店の場合には直ぐに注文するのが鉄則なのに、首が回らない。資金の目処が付いてからと我慢。悲しいけれどしかたが無い。アメリカの出版社に対しても同様。アマゾンのフランス・サイトに対しても、このところ我慢。 いつまでこの景気状況が続くのだろうと、下を向いて田舎道を歩く毎日。ダウンジャケットのファスナーを首まで上げ、手袋と花粉症対策のマスクといった姿。リタイアしたコレクターは、どんな夢、どんな人生のプランを築けば良いのだろう。

 パリに出掛ける友人の予約したホテルのサイトを覗いて、螺旋階段のあるエントランスや室内の様子を確認。朝食が10ユーロか、この食卓でクロワッサンか、と羨ましがることしきり。地図を見るとマン・レイのアトリエがあったフェルー街からは離れているけどリュクサンブール公園の北側。行きたいな。会いたい人も沢山いるし、マン・レイの事をいろいろ考えたいよ。彼が愛し、住み慣れた街で、マン・レイがよく利用したレストラン、シェ・アレクサンドルで食事なんて良いよな。


February 19, 2003 

ナウマンさんから会場の写真を送ってくれるとメールの返信あり---楽しみ。探していた雑誌を見つけたので、その状態について友人と意見交換。彼は4月初めにパリへ出掛ける---羨ましい。


February 18, 2003 

ナウマンさんとゲイルにお礼のメールを送信。米東部の豪雪は20人死亡と続報。韓国では地下鉄放火。世界はどうって行くのだろう。


February 17, 2003 

CONVERSION TO MODERNISM ; THE EARY WORK OF MAN RAY
BY Francis M. Naumann and Gail Stavitsky.
Catalogue of the Exhibition, 2003

 



新聞では「
米大西洋岸中央部から中西部までの広い地域で16日、7年ぶりの大雪となり、首都ワシントン周辺では2空港が一時閉鎖された。降り始めの14日以降、各地で雪が原因の交通事故などで5人が死亡した」と伝える。展覧会の出だしはどんな様子なのか気に掛かる。 さて、待望の展覧会カタログ『モダニズムへの変革; マン・レイ初期作品』が到着した(モンテクレール10日消印)。28 x 21.5 cm. 261頁の大判。クリップで留められたカードには、著者であるナウマンさんとゲイルさんのサインが入って「心からの感謝を込めて、この優待の一冊を受け取って頂きたく思います。私達はこのプロジェクトが成功する事を貴方に約束いたします」とある。友人の今井一文さんに撮影してもらって、わたしがナウマンさんに提供した写真は、フェレール・センター(図32)とダニエル画廊の初個展(図150)が使われている。取り急ぎ、初見の図版をパラパラ、二人にどんなメールを入れようかと拾い読みを少々。


February 16, 2003
 

A5判、28ページで『documents cafe Man Ray』のページネーション完成、カラー写真46点収録。テキストの執筆、写真画像の本番入れ替え等をして刊行に向かう、限定75部。テキストはわたしの他に、偉大なシェフ吉川恭生氏。写真は有田恭子、杉浦幼治の両氏を含んだ。さて、どんな反響となりますか。つか見本を横に置いてテキストを書き始める。

 本日(現地15日)モンテクレール美術館では『モダニズムへの変革; マン・レイ初期作品』のレセプション。ニューヨークでは10万人以上が参加してのイラク攻撃に反対する大規模なデモ。マン・レイはすべての戦争にNONと言い続けている。 


February 15, 2003 

午前中『documents cafe Man Ray』の制作。昼前に耳鼻咽喉科の河野医院へ行き花粉症の注射を入れてもらう---同病の方があふれて一時間半待ち。今年の花粉情報におびえつつマスクをして岡崎へ。しかし、京都絵画まつりはさんざん。林哲夫さんを紹介している河原町画廊、水彩画を紹介する星野画廊、掛け軸が楽しい松本松栄堂の他は見るもの無し。帰宅して『documents cafe Man Ray』の制作継続。


February 14, 2003 

わたしの場合はハウス・ダストだが花粉症が出始める。古本に埋もれた生活が長年続いて、埃が体内の許容範囲を超えてしまったのだろうか、いやな季節だ。バレンタインでウイスキー・ボンボンを貰い、ナメナメ。噛まずに溶かしてウイスキーをと思うが成功した事がない。たえきれずに噛んでしまうんだよ。今宵も『documents cafe Man Ray』の制作継続。


February 13, 2003 

『documents cafe Man Ray』の制作をゴソゴソやる。


February 11, 2003 

起床しメールのチェック。午前5時16分に「展覧会は8月3日まで開催しているから観てもらいたい」とゲイルさんから資料が届いた報告が入っていた。ニューヨークの天候は曇りで最高気温3度、最低気温-5度。

 昨年の「マン・レイ食事会」出席者の一人である明星神次氏がシテで鈍太郎を演じる『狂言の会』が京都観世会館で行われるので昼から出掛ける。茂山千五郎家社中の「考究会」 久し振りだけど、やはり、笑い転げた。本妻と若い女の二人の手車で退場する明星さんは格好いい。狂言は起承転結で理解しやすく教訓が入って、楽しめ、滑稽で権力者や田舎者をからかう都人の生活が描かれている感じ。森口明美、浅野美希、佐賀野鏡、渡辺純一郎、山田和代さん達の「三人片輪」や「仏師」、若い演者は気持ちが良い。そして、茂山千作茂山千之丞の「小舞」を楽しむ。


February 10, 2003 

日録を22時20分に書き込んでいるわたし。後2時間程で日本航空の006便、成田発ニューヨーク行きのボーイング747-400型がジョンF. ケネディ空港に着陸する。現地時間で昼の12時20分を予定。積荷には日本の二つの美術館から貸し出されたマン・レイの油彩数点と個人所蔵の展覧会資料が含まれている。これは、16日からニューヨーク近郊のモンテクレール美術館で開催されるマン・レイ展の出品作品。12時間20分の空の旅をそろそろ終えるはずだ。 展覧会カタログ『モダニズムへの変革; マン・レイ初期作品』が、わたしの所に到着していないので、様子が解らない。どんな展覧会なのだろう、学芸員のゲイルさんに会場のスナップ写真をたのんでいるんだけど、段取りしてくれているかな。会期前で忙しくしているだろうね。


February 9, 2003 

昨日のオークション結果は6,600万円だったと読売新聞が伝える。落札者はウッドワン美術館(広島県甘日市市)館長の中村利夫氏。氏は金額にはこだわらなかったと発言されたようだが、「加筆された状態の悪い作品としては高い買い物。状態の良い作品で4,000~5,000万円が過去の実績。本点は79年に英国で700万円で落札されたゴッホ」と瀬木槙一氏がコメントしている。 でも、お金のことは、どうでも良いと云うのがコレクター心理。現物を手にしなければ、何も始まらないと思うのだ。

 夕方、J&Pに出掛けフォト用紙の確認をし、書店でしばらく立ち読み。それ以外は終日「カフェ・マン・レイ展」のドキメント制作を行う。レイアウトが纏まり、テキストの字数を調整する段階まで進行。さりげなくて洒落た資料をめざし、表紙デザインに没頭。


February 8, 2003 

イヤな夢を見た。


February 7, 2003 

リタイアしたコレクターも、アット驚く話題が読売新聞の夕刊に掲載されている。シンワアートオークションに作者不詳で落札予定価格1万円とした油絵「婦人像」が、ゴッホ美術館の調査で1885年頃の作品と判明したというお墨付き。明日、銀座で開催されるオークションでは幾らで落札されるんだろう。中川一政氏の所蔵品と云うから真作も当然か。でも、コレクターというのは、掘り出し物を夢見る。日本ではありえないけど、街歩きの途中、古道具屋でちょっと気になった絵が、すごいぞ、マン・レイだ、なんてね。

 ところで、大好きなマン・レイの事だけど、報告するのが辛くて伏せていたのだが、2月3、4日にロンドンで開催されたオークションでのマン・レイ油彩は400~1,400万円の範囲で4点が落札された。ポンドに対して円が弱いので弱きになりすぎるが、平凡なサラリーマン・コレクターでは油彩を入手するチャンスが遠のいたと、落胆した。 落胆したままで、会社と家の往復。梅の開花に春よ早く来いと祈るばかり----

February 6, 2003 

京都市中京区

 

 

 

 
京都市内は出勤時間帯に雪が強く降った。それで、カメラを持って駅へ向かう。途中、立ち止まり何回か、ヒラヒラする雪の感じを撮りたくて、スナップモードでパチリ、パチリ。


February 5, 2003 

ネット・オークションをチェックしていて驚いた。わたしが作った"Man Ray at my Fingertips"展の案内状が出品されている。アメリカからの出品でスタート・プライスが5ドル。解説文には「MAN RAY AT MY FINGERTIPS CARTE POSTALE FROM 1977 This is a Postcard showing a catalog invitation at the Jacques Damase Galerie, 1977. Pictured on the front of the card is 'MAN RAY AT MY FINGERTIPS' exhibition of personal collection of Teruo Ishihara, June 14-26, 1990, Librairie Arcade. Back of card is shown above also with photo of Man Ray on it. Card is 4 1/8-inches by 5 3/4-inches and is in perfect condition.」とある。どうして、持っているのだと考えたが、名前で思い出した。3年程前にネット・オークションでマン・レイの映写会カタログを落札した相手で、郵便振替を送った時に、同封したカードと推測される。こんな案内状にビットをかける人なんているのだろうか?  もちろん、わたしの所持していない案内状だったら、絶対ビットすると思うと、不思議な気分だ。


February 4, 2003 

今週から通勤のお供は、マイケル C. フイッツジェラルド箸(別宮貞徳監訳)『ギャラリーゲーム ピカソと画商の戦略』(1997年淡交社刊)。タイトルに品がないので、やり過ごしていた本だけど、読み始めたら面白い。


February 3, 2003 

会社ではいろいろ。 夕食は節分で、畑菜の芥子和えと鰯。食後の甘い物に永楽屋の松露。ビールはやめて、ドキメントのレイアウトをページ・メーカーでゴソゴソやる。


February 2, 2003 

壬生寺節分会

 

 


自宅からブラブラ歩いて15分。午前中に壬生寺の節分会に出掛ける。寒いけど屋台も出ているし、毎年の風物詩で楽しみ。古いお札を納め、家内安全と「厄除ほうらく」を書いてもらう。「石原家」と家族それぞれの数え年を印す。わたしなら「男五十ニ歳」とし、半紙に豆を年の数だけ数えて付ける----もちろん52個ではなくて、7個(10歳で1個なので10 x 5=50 + 2) これを奉納。厄除け、招福を祈願し、青竹に二つ折りされた「壬生寺厄除御守壬生延命地蔵尊厄除護摩冨貴祈所」の深黄色のお札が、「災難除御守」「開運之御守」という二つの御守りと共に留められている護摩を求める。これは、自宅の人が沢山集まる部屋の高いところに祭る。
 「鯛焼き」を立ち食い---粒あんが美味い。カメラ(リコーGR1v)のテストをかねて「シングルオートフォーカスモード」で境内を撮影。みぞれが降ってきた。


February 1, 2003 

吉川恭生シェフから12月14日のメニュー原稿が送られてきた。感謝。当日のドキメント制作の準備が整いつつある。HPのDiskjet1220Cでの印刷特性を最終確認した後、レイアウト決定の段取り。

 林哲夫氏からSUMUS11号 特集『実用を超えた実用本』が冊子小包で到着。cover4のマンガに「湯タンポのない時など煉瓦を焼いて、フランネルなどで包んで用ふると一晩中温味を保つ理想的な温石となります」とあって「温石」って良いなと思った。それと、エディション・イレーヌの近刊案内、加波都るみ編(?)「ナジャのパリ文学散歩: 写真・地図多数収録」が気になった。パラパラと楽しい拾い読み。

 午後、河原町にオープンしたLOFTを見学。本の材料を探す。カメラのテストをするつもりでブラブラ歩いたが、手が悴んで3カットのみ。後日に持ち越し。丸善でカルヴィン・トムキンズの『マルセル・デュシャン』を立ち読み。手許の図書券は1500円、カードが破綻しているので、じっと我慢。2月末の小遣いが入ったら買いたいのだが。