June 30, 2005
経理マンには、一年で一番忙しい決算日。売上の数値も順調に伸び、段取りも良かったので気持ちの良い夜となった。就寝前に昨日の続き。ページ数を抑えたいので級数を落とす作戦だが、詰めすぎると品がなくなる、どのあたりに着地点を見付けるか、相変わらず時間のかかる作業が続く。今日は朝顔が一つ咲いた。最初から同じ鉢のものである。
June 29, 2005
昼頃から京都は強い雨。ページネーションを考え、語句の統一なんて作業にかかっている。
June 28, 2005
朝顔が一つ咲いた。
June 27, 2005
朝顔が一つ咲いた。今夏の一号である。京都新聞の朝刊には、コレクターの利岡誠夫氏が京都造形大の学生に協力して、来年1月頃に学生達が企画した内容での展覧会をギャラリーRAKUで開催するとの話題。「学生、収蔵アートに光」と云う大きな見出しだった。利岡さんは昨年の3月にギャラリー16で「BiLL Art Exhibition」を開催された人、素晴らしい作品をお持ちの様子だったので楽しみである。新聞によるとこの課題を出したのは、同大学の福のり子さん。
京都学生写真連盟の第3回写真展「音楽~クラシック・ロック・ポップ~」が6月30日から7月3日まで、市内の幾つかの画廊で開催されるそうだ。
June 26, 2005
土、日と篭もってやっと銀紙書房新刊原稿脱稿。夜になってレイアウト作業にとりかかった。新刊のタイトルは『マン・レイの謎。その時間と場所』。目次には以下のようなラインナップが並ぶ予定。
その時間と場所
それぞれでの一点
ウィットニー社製メトロノーム(木製光沢ブラック)
照らし出された油彩『二つの顔のイメージ』
波間に消えたヨット
サザビーズの円いロット・シール
エンド・ゲームから愛をこめて
謎のそちら側で
f字孔に鍵の夢
あなたとわたしの『マイ・マン・レイ』
『ナジャ』の訳者と、その人と。
その後の正誤表
あとがき
このところ、『日録』もご無沙汰して、原稿書きに没頭していたので、おいおい復帰し、本を作る近況報告を中心に楽しみながら、書き込んでいきたいと思います。部屋も暑くて困りますが、朝顔の蔓も伸びてきて、最初の花はいつごろ咲くのかなと、楽しみにしています。
June 21, 2005
最近、ジャンクメールがあまりに多いので、ミクシーのように閉じられた世界でないと、快適なやりとりが出来ないぞと思い、ミクシーの中に「京都写真クラブ」のコミュニテイーを登録した。関心のある人の緩いコミとして始まって、濃くなっていったら良いなと思っている。
June 20, 2005
京都写真クラブの第4回総会の案内が届けられた。今年は7月3日の日曜日。会場は東華菜館(四条大橋南西角)、総会終了後17時から19時まで懇親会なので、ご興味おありの方は一声どうぞ---
June 19, 2005
日曜日の朝はサンデーモーニングを観始め、途中から10時まで新日曜美術館を観る。これでは原稿書きに向かない。昼食時には週間えみぃSHOW、、その後はたかじん委員会。テレビを見ながらアイロンがけをして昼間が終わる、夕方、風呂から上がって、冷やした白ワイン。こんな、自堕落な頭で原稿の構成を変更しているのだけど、どうしたものか。銀紙書房新刊への道は遠い。家人達が11時からの情熱大陸に出るサッカーの宮本恒靖を楽しみにしているので、これにも付き合おう。
June 18, 2005
12月の展覧会を意識してメール・アートの作業。中京郵便局から13通投函したのだけど、日付印を押すのがなかなか難しかった。今、考えているタイトルは『不在について』だが、このコンセプトについては、いずれ紹介したいと思う。計画が上手くいけばよいのだが、お楽しみに。それで、午前中に丸善の封筒をナメナメした時、甘さと塩味がまじって美味かった。他のメーカ-のだと、化学調味料の味なんだよね。
今日はいつもとは別のルートで京都市美術館へ。途中、仁王門通りにある八百屋の看板娘(?)M.N.さんと立ち話。明るく元気な人だから楽しい。ギャラリー16のSさんと、メール・アートの話---、先程の作品(?)をお見せするとタイポグラフイーも切手もバランスも選んであって綺麗と、お褒めの言葉をいただく。京都市美術館別館で知人の日本画を観た後、北白川まで上がって古書店等(注1)をブラブラ覗く。たまたまGALLERY RAKUの前を通ったら森山大道展(注2)が開催中。パリのカルチエで展示したものと、新作(荒木さんと撮った新宿かな?)。雑誌「コヨーテ」で見ていた、作品の様子を確認することが出来て有意義だった。
プリンツの非売品ケースでマン・レイの画集と展覧会カタログを見付ける。3冊とも手許にあるものなので安堵。他には無いかと尋ねようとしたが、インテリアとしてある写真集といったあんばいで、ちと、雰囲気が違った。日仏学館のライブラリーでブルトンの著作9冊を確認。1950年代以降のガリマール、ジャック・パヴォ、サジテール、セゲレス等の刊本に混じって「フォンテーヌ通り42」のDVDを発見。でも、昔の版はどうなったのだろう。イタリア会館のライブラリーにもよる。
寺町まで戻ってみると、三月書房は大入り満員。暑い午後、ガソリン切れとなったので、ひさしぶりにアタによりビールを一杯。バイトのお姉さんは陶芸専攻の芸大生で明るく、店に入るのは4回目と言っていた。
注1) 銀林堂、ガケ書房、文庫堂、紫陽書院、吉岡書店
注2) 森山大道展 京都造形芸術大学 GALLERY RAKU 6/14--26 開館時間10:30-18:30 入場無料
June 17, 2005
友人から銀紙書房新刊原稿の感想をうかがった。対象との距離、書く事の意義といった視点をあらためて考えさせられた。良い原稿にしたい。自分が納得できる物、楽しめる物であること。踏み込んで書かねば、「気にすることはないと」友人は言ってくれた。
June 13, 2005
ジョン・バクスターの『ある愛書狂の告白』(笙玲子訳、昌文社、2004年刊)を読み始めた。
June 12, 2005
午前中は庭の南天と柊の剪定。鋸を使って大胆に切り落とす。新しい芽の為には引退の勧告もしなくては、でも、鋏みで手を切ってしまい柊の怒りかと、脅えた。昼に「週間エミチャンネル」を見ていたらゲストにピーターが出ている。昨日、古書の街でピーターとすれ違って、「カッコイイ」と思ったところだったので、この番組、何時録画しているのだろうと考えた。どちらでも良い事だけどね。
銀紙書房の新刊については、およそ200頁かと思う。装幀のバランスからすると頁数を減らさねばと、調整段階に入った。これからは力仕事で、ビール頭でも対応可能な世界、どうぞお楽しみに。
June 11, 2005
雨の中ゴッホ展に並ぶ人達。
12時に国立国際美術館に着いたのだが、30分待ちだった。雨降りなのにヴァン・ゴーグの人気はすごい。テレビ番組とか雑誌の記事での先入観がもたげてちょっと困ったが、時代と共に生きた画家の短い一生が判って興味深い展示だった。上手いマチュエールを持っている人なんだね。初期の暗い、宗教的な物から明るい色彩に移っていって、筆の勢いがある作品が生まれる感じが良いね。順繰りに見ていくと緑色に癒されて『公園の小道』に惹かれた。1888年にアルルで描かれた油彩(73.8x92.8cm)で、グレラー=ミュラー美術館蔵。秋口の公園に右から差し込む光がなんとも言えず気持ち良い。左手奥にある池の照り返しも素敵で、ユートピアを夢見た『黄色い家』の時期の絵。カタログを読むと「構図への関心はほとんどないが、生き生きとした町の風景を前にした喜びが、緑が調和的な画面から率直に伝わってくる。」(132頁)とある。この絵、会場を何度か歩いていて雰囲気が変わった。これだけを見ると、直ぐ近くにある『夜のカフェテラス』の方が素晴らしいと思われるのだが、ゴーグの世界に入って、ちょっと遡ってから対面すると、やはり良い。画家の喜びがどこかにあるんだろうね。わたしは、ゴーグらしい多くの絵よりも、これが好きだ。絵画には喜びがなければいけない。ゴーグをミレー、モネ、セザンヌ、ゴーギャン、浮世絵などとの関連で追体験しながら、会場の終わり近くに置かれた、『麦の穂並み』(1890年)に接してよく判らなくなってしまった。解説によれば習作でこれ自体では完結しているのではないのだけど、この作品だけ、時代を超え現在に繋がっている印象。この作品だけが理解出来ない。聖書が読者数世界一の書物といった意味でゴーグは書物の画家であり、内面を掘り下げすぎてしまった狂気の画家であった。本を読みすぎてはいけない、わたしは会場に置かれた資料の『麦畑の中の葬列』への書込をギャラリー・スコープで見ながら、恐くなってしまった。神の世界は不幸せな世界の直ぐ横に口を開けている。何時も、気づかないふりをして、わたしは通りすぎる。会場の導入部に置かれた『道中ご無事を! カンタベリーへと出発する巡礼者たち』(ジョージ・ヘンリー・ボートン、1874年)の世界であるのなら良いのだが。ゴッホの描くものは、見送る人々の足元から離れられない「宗教」そのものであるかのように思われた。
3時前に肥後橋のカロ・ブックショップ・アンド・カフェへ出て林哲夫画伯の『読む人』展を拝見する。サンドイッチにビールをたのみ画伯と世間話をいろいろ。売れっ子の氏としばらくお話ができて有意義だった。会場で図書刊行会が刊行を始めた『日本写真史の至宝』全6巻別巻1のチラシをいただく。「「写真集」というかたちは、それ自体がひとつのオリジナルな写真表現として自立するものである。それは写真家自身によって焼きつけられた一枚のオリジナル・プリントと同等の価値と独自の位置を持つということである。」と金子隆一はチラシに書いている。「独自の位置」か、本当にそうだよな。
雨もやんだので、老松町のメゾン・ド・ヨウコまで足をのばし、パリの画廊事情等をお聞きする。その後、阪急古書の街によって、美形のミク友からマン・レイの掘り出し物情報を仕入れて帰宅した。朝の阪急では原稿校正がはかどったのだが、帰りは、ビールのせいかウトウトしてしまって京都となった。帰宅してからミク友と「ゴッホ展」の話をしていたら国立国際美術館の地下2階で開催されていた「シュテファン・バルケンホール: 木の彫刻とレリーフ」の方が面白いのではないかとの話題となって、なるほど、そうかと思った。夜の自室には、会場で買った四枚のポストカード(『グラジオラスとエゾギクをいけた花瓶』『夜の小道』『芸術家としての自画像』『夜のカフェテラス』)が置かれている。照明の落とされた会場にこれらの絵がそのままあるのだね。
June 9, 2005
半袖で出勤。先日、キャベツの収穫が終わった畑に白い農薬が散布されていたと思ったら、今日の夕方から水が入れられ始めている。「地の光」の季節が到来したのだね。
June 7, 2005
原稿校正を地下鉄車中の行き帰りでやっている。帰宅の方向では始発駅なので、気持ちよく集中出来る。20分程だけど、この時間が貴重である。
夜、昨日ご近所から戴いた百合の花が芳醇な香りを部屋いっぱいにふりまいている。甘い。
June 6, 2005
パリから『国際ダダイスム・シュルレアリスム』と題したオークション・カタログが届いた。マン・レイに関する面白いものがあるので、レート換算をしながら検討しているが、山中散生がマン・レイに宛てた献辞のある『オマージュ・ポール・エリュアール』(神戸、エトール・ド・メ-ル、1934年刊)が エステメ394,590円で掲載されている。落款のあるページの上部に<A Monsieur Man Ray Tiroux Yamanaka>。この本、これまでどこにあったのかしら、
June 5, 2005
義母に昔、土居ノ内通りには毎月3日、13日、24日に夜店が出て仏光寺から下手は古本だったと聞いた。我が家の前身は左官屋さんで、ひととき荒物屋でもあったらしい。町内の戦前からの世間話は面白い。午後から返却に府立図書館へ。気持ちの良い風にふかれゆっくりと自転車で走った。仏光寺やら祇園の新門前等。ギャラリー16では橋本典子展。京都写真クラブのS氏が来られたので、ピンホール学会の話題など、毎日のように取材が入る人気ぶり、現在では会員500人を超える規模になったとの事、その後、井上さんから帰国されたらギャラリー16で展覧会をする予定だったと、先達山中信夫さんの話をお聞きする。
June 4, 2005
原稿書きに篭もっていた座敷から撤収するように指示を受けていたので、昨夜から頑張って銀紙書房新刊最終章35枚程をどうにか最終行まで辿り着かせる。(サッカーも気になっていたのだけど)。これから読み直し、校正をしつつ仕上げる予定。気に入らない部分も多く、独自性をどう出すかの課題は残ったまま。
午後は掃除機に雑巾がけと部屋掃除。蒸し暑く、夕立も降って夏が近づいてくる感じで朝顔の柵もセットする。考える季節は終わり、汗をかかねば。近くの上新電機がセールで二割引、インクを買いに出掛け、お茶の時間、一息ついて眠くなってきた。