ソビー版マン・レイ写真集が126万円

manrayist2007-10-14

 二日続けての深酒はきつい。ホテルで朝食の後、コーヒーを飲みながら「幻のつくば写真美術館からの20年」カタログを読む、石原悦郎氏の話がすこぶる面白い。「ヨーロッパ文化っていうのはこういう大きな家に住んで、満たされて、お金も恵まれて自分の趣味だけで生活すると、人間はあまり満たされると倒錯してこういう生活もできるんだなと、ぼくは感じました」(52頁)、ヴォルスの息子と未亡人とに会った石原氏の感想って、リアリテイがあるな、氏のスケールの前で、コレクション生活に狂ってしまっているわたしの実体験が、たよりなく揺れる。

 10時過ぎ水天宮から神保町へ、東京古書会館地下ホールで開かれているアンダーグラウンド、ブック・カフェを覗く。吉祥寺のボンダイブックスのショーケースには、マン・レイの写真集(1934年刊のソビー版)が、なんと126万円の値札。同店のカタログに気になる一冊があったので一声かける、自然にマン・レイ写真集の話題。タイトル・ページに1949年の献辞が入っているそうだ。状態はすこぶる良いけど、唖然とする値段だな、サインがなければ60万円ぐらいと言われた。担当のジョシュ・キャリー氏は日本に残したいとの意向。親切な人でラップを外しサイン部分を見せてくれ、スナップ写真の希望もかなえて下さった。眼の保養をして直ぐに回れ右。くわばらくわばら。

 新お茶ノ水から千代田線を乃木坂まで。駅に直結する国立新美術館へ。企画展示室2Eで安齊重男さんの「私・写・録」展を拝見する。東京近郊を中心に、美術家達の現場を写した1970年から2006年に至るおよそ3000点の写真。わたしが名古屋で桜画廊へ行き始めたのは1971年、愛知県美術館でクラブの組写真を出したのはその前年だったから懐かしい。わたしが美術に関わってきた総ての時代がここに記録され、壁面一杯に張り出されているのだ。みんな若いなと振り返るが、鬼籍に入られた方も多くいらっしゃる。工藤哲巳氏と中村敬治氏が笑っている写真を見ながらジンときた。先生の京都時代にはよくお会いし、赤ワインを飲んだな。最晩年の中村ご夫妻の写真にも気が付いた。会場中央には拡大されたポートレートを張ったパネル。内側に回るとネガの塔。35mmを中心に6段3列が4本。これが核分裂を繰り返す原子炉だね。外側のケースに掲載誌、内緒でスナップと思ったけど、最近の美術館は厳しい対応なのでガマン。各年代の出品リーフレットを日本版、英語版といただき、再度一回り。若い野村仁や山本容子。画廊をオープンしたばかりの石原悦郎氏の顔なんて、生意気で良いな。安齊さんを紹介してもらったのは、ツァイト・フォト・サロンだった。

 出口で作者とばったり。「会場のスナップを撮らせて」とお願いしたら「いや・それは」となって。安齊さんがわたしを原子核の横で撮って下さる話となった。有難い。カタログにもサインを頂き世間話。わたしがしたい仕事が安齊さんのこれなんだ。人と出会い、記録する。私的な記録が作品になるような仕事。先人の後に同じパターンで続く訳にもいかないので、思案するところだ。----きっと、わたしのスクラップ・ブックが注目される日がくるだろうと期待している。

 地階のミュージアムショップでカタログを購入し、カフェテリア・カレで一服。しかし、ポークカレーを頼んだら最悪だった。重くなった書籍類を抱えて日比谷まで、銀座の鹿乃子により大粒の「花かのこ」を土産に購入。有楽町駅の辺りは人で一杯(再開発が進んでイトシアが開店したばかり)。紙袋を両手で支える状態となってしまったので、探索をあきらめ新幹線へ。崎陽軒のシュウマイとビールをウダウダと楽しみながら帰京した。