牧田真有子「椅子」

 雑誌「文學界」の平成19年12月号に第105回文學界新人賞辻原登奨励賞作「椅子」が掲載されている。作者は1980年生まれの牧田真有子。わたしは小説を読まないのだが、不思議な縁で彼女の作品と接した。同志社大学で美学を学ばれた人なので、視覚のもたらす影響に関心がおありなのか、物語の基調部分に視覚と心の結びつきがあるように思った。そして、物語は重層構造の中に、謎解きを置き、読者を飽きさせない。モチーフはミステリーのそれであって、展開にしたがってキラリと光る。時間や距離やスピードが視覚によって解かれていく様は、美術愛好家のわたしとして嬉しい方法論である。

 「上空の風に、翻っては体のラインに吸い付く、あの赤シャツと青のスカートの組み合わせは、黄みがかっていても見間違いようがない。まるで旗がくるくると巻きついた心細げなポールだ。」(95頁)

 「テレビの生中継はすごく高性能な望遠鏡みたいだ。今という同じ時間に全く別の場所が現れる。画面が薄黄色く染まっている。黄砂だ。あの時と全く同じだった。くり貫くように取り出して見た死も、レンズの縁で切って捨てた巨大な距離も、ひとしく十三の私を否定していた。」(123頁)

 文学の遺産を継承している彼女の文体は、上品で知的だ。次回作にも期待したい。ファンになってしまった。