眼福の国際稀覯本フェア


地下鉄の京都市役所前で降り鴨川を渡ると、北山の峰に雲がかかって水墨画のあんばいだった。この景色を留める手立ては和紙と墨だよなと思いつつフェア二日目の開場時間に合わせ「勧業館みやこめっせ」に到着。「国際稀覯本フェア」の会場では鞄を預けねばならない、合わせて講演会の整理券をもらった。5月恒例の古書市とは異なり広くとられた通路を挟んで小ぶりなブースに高額品が飾られている。展示は上手いと感じたが参加店舗数(27店)と空間とに開きがあるだろうな。注目は地元京都から出品された嵯峨本・徒然草5040万円(キクオ書店)や奈良絵本・平家物語2500万円(思文閣)などだが、読解できないのだから住む世界が違うね、でも眼福、眼福。わたしが目指すのは海外勢の方で、ロンドンから乗り込んだSims Reed(この店からマン・レイ資料を幾つか購入しているので、いろいろ質問がしたかった訳)のショーケース上段に書物じゃなくてオブジェといった表情で、現代美術作家ジェームス・リー・バイヤースの「ABOGADO ABOGADO」が置かれいて驚いた。1972-74年頃の仕事らしく巻紙風というか褌風というかリボンも哲学的で、99万円と云う表示に唸った。バイヤースと京都との関係が深い事を知っての展示なんだろうな。マン・レイエフェメラ類の在庫について尋ねたが「最近は見付からない」との返事。「エレクトリシテ」を持っているかと逆に聞かれたので、「もちろん」と返事すると「シート」かと言うから「コンプリート」と返す(ネットなどで検索するとバラでも、けっこうなプライスが付いている)。何か見付かったら教えてとお願いしたけど、そんな幸せがあるだろうか、エフェメラでは相手もお金にならないからな。

Sims Reedのブース

右側が臨川書店のブース
さて、眼福と手福の報告だが、丸善日本橋店にあるワールド・アンティーク・ブック・プラザの棚にアンドレ・ブルトンの『シャルル・フーリエへのオード』(ルヴェ・フォンテーヌ社、1947年)があったので、手にとらしてもらう。キースラーの装幀でシート状、先日まで飯島耕一の『シュルレアリスムという伝説』(みすず書房、1992年)を読んでいたので、特に感動深いものがあった。飯島はこんな引用をしている「きみは結合のみを語ったのに、見たまえ一切はバラバラになってしまった」(268頁)、でも会場では詩篇が刷られたシートを拡げる勇気がなかった。折り目が傷むのが判っているから、恐る恐るのぞき込むようなアプローチ。この場合も読解出来ないのだから(今度はフランス語)、脳福にはほど遠いと反省しきり。その他ではRULOM MILLER BOOKSが持ち込んだメレット・オッペンハイムの一冊、これも値が高い。
 国内勢のブースにはポチ袋や封筒などの廉価品もチラホラあって、触手も動くのだが思いとどまる。すると、臨川書店の棚に関野準一郎の版画で飾られた『雨月物語』(青園荘私家版、1944年、限定50部の内の第2番)があって、鳥居昌三旧蔵と書かれている。こうして出会う事は悲しくもあるが嬉しい、懐かしいのである。そんな様子からなのか臨川書店営業部のS氏に声を掛けられた。マン・レイの話しをすると洋書担当のM嬢にも紹介いただいた。「カタログ、ポスター、案内状」の3点セットで集めていると伝えたので、きっと「幸せ」な便りが届くだろう、ロンドンと京都、どちらが先だろうか---

 臨川書店出町柳の同店舗で「りんせん古書バーゲンセール」を定期的に開催されていて、次回は3月29日(木)、次々回は4月20日(金)との事。会社を休んで参戦したいけど、資金もいるよな、バーゲン品ならなんとかなるか、いやいや、マン・レイがあったらと、妄想は膨らむばかりだ。

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今回「国際稀覯本フェア」に参戦した楽しみは、中島俊郎教授の講演をお聴きすることだった。11時前に地階の会場へ入ると満席状態で早くに予約券を求めていてよかったと思った。ユーモア一杯の愛書家にまつわるお話は面白く(ご自身の事だし会場の聴講者のほとんどに当てはまる話)、蔵書は市場に返す「散書」の心構えにはなるほどと思った。わたしも、そのつもりだけど、何歳で市場に返すのか、これが難しい、凡人だからね。重量のある書物を持ち帰る苦労も、生活をそのまま運ぶ大英帝国のシステムがあれば簡単に行えるとの事。氏は『英国婦人家庭画報』に挟み込まれていた型紙を会場で示してヴィクトリア朝のコルセットの再現過程を紹介したり、レース編みの見本から洗濯できない時代にはレースが、和服の半襟と同じ役割で使われたなど、当時の婦人達の声が聞こえるような講演だった。オックスフォード滞在中の氏の髭に包まれた風貌は、オークションにご自身を出品すると云ったユーモアが、ユーモアじゃなくて本当じゃないのかと思わせる程だった。オークショナーは幾らからセリを始めるのかしら。
 会場で著名なコレクターのM氏と再会。『モダン・フォトグラフィー』誌(1931年刊)のマン・レイに関するページのコピーをいただいた、映画『ひとで』のスチール写真とソラリゼーションによるリー・ミラーの肖像。テーブルの上に赤葡萄酒のビンと新聞とバナナと「ひとで」のある場面に付いた解説には「画面の仕上がりはジャン・シメオン・シャルダンの絵画のようだ」とあって、当時のマン・レイ写真に対する受け取り方を知る機会となった(感謝)。

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キハ85-1110 特急「ひだ」

クモハ211-5028 右クモハ313-5002

クロ682-2004 特急「しらさぎ

キハ75-3 武豊線 区間快速
さて、2時過ぎに会場を出て、名古屋へ帰省。名古屋駅で鉄道ファンのまねごとなどをして時間調整し、キハ75で金山橋まで移動。久方ぶりの気動車重油の匂いと加速の動感がなんともなつかしい。運転席回りは明るく車内はしゃれている。夕方、兄姉と会って食事。美味しかった。


割烹・一結でさよりのお造りを食す。甘くて美味だった。