南仏紀行-15 シャンポール城

2006年3月7日(火)

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モーニングコール五時十五分、出発六時。今日はロワールに向けて五五〇キロのバス移動。日本なら京都から東京を超え水戸まで行ける。空は暗い。(68頁)

 

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駐車場に戻ると小学生の一団がフランスパンを頬張っての昼ご飯。カメラを向けるとポーズをとってくれた。どこでも子供達は可愛い、わたし達の二人にもこんな時代があったのだと思う。(72頁)

 

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城の前には森を切り開きどこまでも続く一本の道。切り開かれた樹木、地形の高さ等、完璧な左右対称となっているが、遠近法的風景の恐ろしさでもある。足元には雪が残り、風は冷たい。一六世紀、パリとこの城を結ぶ直線を地図上に引き、土地の起伏、岩石の有無、工事の難易度とは無関係に権力者によって、権力を誇示するために造られた道。馬に跨った騎士や貴族、輿に乗って運ばれる貴婦人を、召使いや奴隷の一団が随行して取り囲んだ。一本の道をやって来た城主は、その道をパリまで帰っていく。封建時代の飾り、権力の象徴として造られた城。(71頁)