南仏紀行-19 モン・サン・ミッシェル

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先端に立つとブルターニュの湾が二二五度の眺望で拡がる、身を乗り出すと一回転してしまいそうな大パノラマ。足元の石畳がかってここが教会の身廊であったことを示している。火災に遭ったのは十八世紀の出来事だが、雨が止み前方からの光が石の表面を美しく反射しせまってくる。小さな文字模様のようなものがあるが、それは石工達が掘ったサイン、幾種類もの経済的理由、あるいは生の主張。水が残る一センチ程の窪みを見ながら、わたしは時間の単位を無くしてしまった。(90頁)

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ここは今も使われている教会、鐘が鳴らされる時間もあるはずだ。内陣へ続く床は奇麗なタイル模様でガラスの入った丸い部分がある。(92頁)

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教会内の交差部を左に進むと列柱廊の一角に出た。わずかにズレながら続く二列に組まれた小円柱(ここでも重さを軽くする考慮がなされている)が、木製の天井を支えている。そして、眼は中央に設えられた四角い緑の刈り込みに引きよせられる。石造建築物の最上階に緑あふれる自然の土地がある。立方体として切り取られた空間。(92頁)

 

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修道士達の生活では会話が禁じられている。食堂として使われていたこの空間では、食事の間に声を出せるのは一人のみ、ただ一人の僧が南壁の司教座で読唱をする。部屋を進んで見ると天井まで続く細長い窓は、黒い輪郭だけで形作られた禁欲的な文様だった。(94頁)

 

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ここから降り中間階に移って、王や貴族達を迎えた「迎賓の間」へ。上階の付属教会を支える土台となった十五世紀半ばに造られたと云う太柱の礼拝堂。(94頁)

 

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列柱廊の下にあたる「騎士の間」へ。ここには暖炉がある。しかし、これは修道士が暖をとる為ではなく、写本を造るために顔料を溶かし、指先を暖める為のもの。中世の修道士達の主たる仕事は写本の制作だと云う。言葉を発する事を禁じられた僧が、言葉を書き写す聖なる行為に恍惚となるのだろう。禁欲世界はその対局に欲望の世界を持っている。人の世のあらゆる構造はこのバランスにかかわっている。外光がふんだんに取り入れられ、働くことの喜びがあったのだ。(95頁)