サン=シュルピス教会

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13.4 × 8.8 cm

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 最近は絵葉書を熱心に集めているが、対象はマン・レイが最初にパリに滞在した1921年〜40年の間。これより前の絵葉書全盛期は街と人に親近感が乏しく、躊躇が多い。年代と通りを限定すると、なかなか見つからないのでストレスもたまります。ここに掲げたのはマン・レイのアトリエ近くのサン=シュルピス教会を扱ったもの(廉価でしたから)。教会正面に向かって右に入るとフェルー通りになるのです。

  マン・レイは自伝で次のように描写している「サン=シュルピスの巨大な教会そのものは、パリの最も醜悪な教会のひとつとみなれていた。たぶん理由はそれがゴシック様式のものではなくて、十八世紀における古典主義への回帰の産物だったからである。古代ギリシャの建築様式のすべてが次々に重ねられていた。つまりこの教会ひとつにドーリア様式、イオニア様式、コリント様式が重ねられていたのだ。頂部にはふたつの丸い塔があり、その様式は優美たらんとめざしたものの、かなり雑種的な様式で、片方は未完成だった。最後に手がけた建築家がそこから飛降りて自殺してしまって以来、完成していなかったのである」(『セルフポートレイト』千葉成夫訳 380頁)

 

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