ヴェルダン 1916年


 ヴェルダンはルクセンブルクなどのドイツからパリに続く街道の要所にある要塞都市で、第一次世界大戦の激戦地とし知られる。フランス軍を消耗戦に誘うためドイツ軍が1916年2月21日奇襲攻撃を開始。12月までの戦いで、フランス軍362,000人、ドイツ軍336,000人の死者を出した。後者の作戦は失敗し、いくつかの教訓が残された。ウィキよるとドイツ軍参謀総長エーリッヒ・フォン・ファルケンハイムは当初から「同数同質の敵の防御陣地を、歩兵の徒歩行軍で突破することは至難」と分析しており、若いヴィルヘルム皇太子の問題も指摘される。葉書は市の中心部ボールペール通りを警備するフランス軍兵士。歴史は繰り返されますな。

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2022年の様子をグーグルのストリートビューで観ております。

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 1916年をマン・レイから捉えると、初個展が終わりリッジフィールドの芸術家村からニューヨークに戻り新しいスタイルの絵画制作をさらに進めた年。スイスでダダが生まれるのですな……