愛しのマン・レイ展 出品: 252, 253
大理石粉を混ぜた独特の絵肌を持つ絵画や「うつろい」などの空間彫刻で知られる美術家の宮脇愛子(1928-2014)がハンス・リヒターに誘われフェルー街のマン・レイのアトトリエを訪ねたのは1963年夏、同地で制作に没頭していた宮脇は、美人が大好きな老画家に気に入られ「親しく交流し、制作の疲れを癒やしたと回想している」。マン・レイの人となりを教えてくれたエッセイ「シュール・レアリスムの裏方」(『芸術新潮』1963年8月号)に図版付きで紹介されたのが、上掲した『月夜の夜想曲』、彼女の作品と交換して得られた「黒いサンド・ペーパーにダイヤモンドを入れた」不思議な作品である。
これまでに、ときの忘れものや、小生のブログ「マン・レイと余白で」に寄稿した。 →
「マン・レイへの写真日記」 第24回(最終回) : ギャラリー ときの忘れもの
マン・レイは「このダイヤがほんものかにせものかは、後世の鑑定家にまかせるんだね ──」と言ったという。後世の蒐集家としてはどう答えれば良いのかしら。わたし、海を見ながらウルウルしております。

『天文台の時刻に──恋人たち』は、マン・レイから宮脇愛子に贈られたカラー写真で、彼女はいつもアトリエに飾っていたという。そのため色彩が落ちてしまったが、引き継いだ筆者は愛着を超えた使命のようなものに包まれる。油彩がギリシャの個人コレクシンョンに収まっている現在、展覧会に貸し出されることはほとんどなく、世界で数枚しか確認されていないこの写真が「リー・ミラーを失ったマン・レイの悲しみと復活のエネルギー」を、人々に語りかける。大切にしなければ……
彼女との出会いは1980年にさかのぼる。写真家の安齊重男さんが撮ってくれた懐かしい写真をアップしておきたい。

左から沢島亮子、宮脇愛子、筆者ほか 名古屋・ギャラリーたかぎ
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* 会場撮影は関係者の許可をいただきました。感謝申し上げます。