トークセッション『愛しのマン・レイ』を語る

撮影: 村中修

13:30開場、14:00開始 処: 東京富士美術館 本館 ミュージアムシアター パネラー: 石原輝雄、木水千里、宮川謙一

石原輝雄: 1975年にアテネ画廊でマン・レイ作品を購入したのがコレクションのスタートでしたが、それに至る撮り鉄、写真部、中部学生写真連盟の杉山茂太、山本悍右両氏との出会いが伏線としてあった訳です。鉄道写真というのは「偶然」が介入する要素が大きいのです、「偶然」体験がシュルレアリスムと繋がる土壌。購入して3〜4年はマン・レイの勉強をしましたよ。…… 展覧会のカタログ、ポスター、案内状の魅力をお話すると、展示室では表紙しかお見せできませんが、彼が最初に展覧会をしたダニエル画廊のカタログを開くと、『踊り- 印象』の図版が現れるんです、写真を始めたリアルな資料なんです。──と、40分ほど、お喋りしてしまいました。

宮川謙一: 2024年6月に出張でニューヨークを訪れ、本展学術監修のフランシス・ナウマン氏から1910年代のマン・レイの生活圏を教えてもらい、マン・レイの自宅付近からボーイズハイスクールまで歩きました。展示している初期風景画の場所、プロスペクト公園、リッジウッド貯水池、コニーアイランドなどのほか、フェレール・センター、マーシャル・チェス・クラブも写真に撮ってきました。動画もあります。三日間で十万歩歩いたので、豆が潰れて、大変でしたけど(笑)

木水千里: マン・レイの芸術的軌跡から語られ、今展の特徴に写真やシュルレアリスムといった限定的な視点からの紹介ではなく、彼の「全体像に迫る新しいアプローチ」を示したと強調された。パリ時代の写真の仕事や写真の裏側への注目、レプリカ制作への姿勢といった問題を分かりやすく、興味を持っていただける展示になっていると思います。── と、熱いお話でした。

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小生にとってのマン・レイ像は、「想像上の父親」なんです。父親ですから反発もあり乗り越えるべき対象ですが、同じ血が流れている。世界中の兄弟達と連絡をとりながら父親の業績を皆さんにお伝えするのが使命だと思っています。彼は1890年の生まれ、日本ですと明治23年、寅年。父親というより祖父の世代ですね。

 

質疑応答: 作品の整理番号に触れながら小生の所蔵品点数は? デュシャンの大ガラス、東京バージョンなどの写真の現状?(参加の専門家から解説をいただいた)などを問われた。また、学芸員・宮川謙一氏へ「展示品と年表の対応、実空間上の配置には相当の配慮とご苦労があったこと」に対し労いの言葉をいただいた。

 15時40分頃終了。皆さん展示とトークを楽しんで頂いたようであります。ご参加いただきありがとうございました。