マン・レイ絵画展 at フュルステンベルグ画廊 1954年

3月末までフュルステンベルグ画廊の『マン・レイ絵画展』カタログと案内状を八王子の『愛しのマン・レイ』展に貸し出していた(no.222〜223)。1954年6月に催された会場内部の様子はポンピドゥーセンターのアーカイブに残されているので、カタログ記載の作品と『シェイクスピア方程式』や『非抽象』シリーズの画像を見比べ、観客の反応、テキストの意味合いを思い浮かべながら、画廊と街の兼ね合いを視覚化したい思いが募っていた。エフェメラを使った実況見分マン・レイ史研究に必須、好きなんです。
 実は1982年6月にパリを歩いた折、サン=ジエルマン=デ=プレ教会裏のジャコブ通りに抜けるフュルステンベルグ通りで見つけた小さな広場、ドラクロア美術館に面した広場で、家人が西瓜柄の布カバンを求めたのを思い出すから、その場所をとらえた絵葉書が欲しいと長く思ってきた。そして、1960年前後の色彩が懐かしい一枚が連休のみやこめっせで見付かったのです。嬉しかったですね。店は撮影者の「右後方ではなかったか」と、家人が言っております。

 肝心のフュルステンベルグ画廊は、通り左側・正面角の建物が4番地なので、緑色の奥の茶色の店舗ように思うが、ちょっと自信がない。どなたかお教えいただけると嬉しい。尚、画廊のディレクターはブルトン夫人であったシモーヌ・カーンで、ブルトンと別れマックス・モーリズと結婚、画廊経営や美術に関する執筆などを行った。ウィキによるとブルトンが美術品をコレクションできたのは彼女の資金だったという。

10.5 × 14.9 cm 1950年代後半

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ポンピドゥーセンターのマン・レイアーカイブから以下引用