シュルレアリストの足跡 in ブリュッセル ─ 12 June '25

10, rue Royale

 小便小僧からバスで芸術の丘へ移動。途中、抗議の赤ペンキを掛けられたレオポルド二世像を車窓から見る。ブリュッセル公園に沿ってトラムが走るロワイヤル通り10番地にはかって芸術会館(Palais des Beaux-Arts de Bruxlles)があり、1937年12月11日〜22日の会期でマグリットマン・レイイヴ・タンギーによるシュルレアリスム画家三人展が催された。第二次世界大戦を挟んだ90年の時を遡れないが、架蔵のカタログ頁を記憶しての車窓風景だった。

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マグリット美術館

 ブリュッセルの山の手、ロワイヤル広場から西にマグリット美術館、古典美術館、世紀末美術館などが並ぶ王立美術館地区では整備工事などが続けられているようでクノップフ、アンソール、バーン・ジューンズなどを有する世紀末美術館は休館中。ネットで確認しパチリのアングルも想定していたトラムは休止(再開は不明)。個人的にはマグリットを観たかったが団体行動故に断念、「展示品の多くが借り物で、作品保護の観点からコレクターと美術館がWin-Winの関係なんです」と説明されるガイド氏に、納得してしまった。京都でもたくさん観ているし、まあ良いかと思ったのである。

 1931年に日本で開催された『海外超現実主義作品』展に招来された上掲するマグリットの油彩は、現在、行方不明。昔、「何処にあるか、知らない?」とある研究者に尋ねられた。妙に気にかかるマグリットなのです。

マグリット美術館屋上には緑の林檎

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55, Rue des Alexiens

[メモ]

 7月1日(火)に本ブログでブリュッセル観光初日を報告した折、車窓からのパチリを最後に載せ「さて、誰と出会うのだろう……」と書いたのだが、本日、マグリット美術館についてネット確認していたところ、集合写真にマグリットやマリオン、メセンスらのシュルレアリスト達が写っていると知った。店はかれらが懇意にしていたようで、店内には作品も飾られている。バスでブリュッセル南駅から芸術の丘へ向かう道すがらの偶然パチリだったわけだが、改めて住所を確認(Rue des Alexiens 55, Bruxelles)、店名は「紙の聖なる花(La Fleur en Papier Doré)」恐るべしブリュッセル、再訪の機会があれば訪ねてみたい。尚、写真は1953年、アルベール・ファン・ロック(Albert van Loock, 1917〜ca.2011)のパチリ。

❋ パブの歴史

 この小さなメゾネットは、おそらく18世紀半ばに建てられたもので、20世紀前半に新たな用途を得るまでは、サン=ヴィンセンティウス・ア・パウロ修道女会などの修道院が利用していました。ヘルト・ファン・ブリュアネ(愛称「ル・プチ・ジェラール」)の経営下で、パブ「Het Goudblommeke in Papier ─ La Fleur en Papier Doré」はブリュッセルシュルレアリストの集いの場となりました。ポール・ルージュ、ルネ・マグリット、ルイ・スクトゥネール、マルセル・ルコント、シャルル・プリスニエ、ポール・マリエン、ELT・メサン、ジョルジュ・レミ(エルジェ)など、多くの人々がこのカフェに集い、有名にしました。店内には、前述の何人かがパブの前で永遠にポーズをとっている写真が今も飾られています。シュルレアリスムの巨匠、ルネ・マグリットは、有名になるずっと前に、このパブで初のデッサンと絵画の展覧会を開催しました。

 戦後、ピエール・アレシンスキー、クリスチャン・ドットレモン、マルセル・マリエン、ポール・コリネ、ジャン・デュビュッフェといったコブラ運動のメンバーや、ルイ・ポール・ブーン、シモン・ヴィンケノーグ、ヤン・ヴァルラーフェンス、ユーゴー・クラウスといったフランドル作家たちがこのカフェを訪れました。1955年、クラウスは最初の結婚をこのパブで、かなり波乱に満ちた形で祝いました。


 こうした偉大な精神の持ち主たちが、比類なきヘルト・ファン・ブリュアネの指導の下、今日見られるような、奇抜さとキッチュが入り混じった、当惑させるようなるつぼを作り上げました。パブの壁に書かれた「言語学者よ、すべての言語において沈黙することは許される」や「すべての人は1日に24時間の自由を得る権利がある」といった言葉は、この輝かしい時代の精神状態を完璧に反映しています。


 これまで「Het Goudblommeke in Papier - La Fleur en Papier Doré(紙の聖なる花)」は、様々な詩的・文化的なイベントが繰り広げられる舞台であり続けてきました。


 この豊かな歴史はブリュッセル政府の目に留まり、政府は1997年にファサード、屋根、1階の最初の3つの部屋、そして家具の一部、そしてすべての絵画、デッサン、格言の保護に着手しました。(自動翻訳)

 

グーグルストリートビューから引用させていただいた。感謝申し上げます。

観光初日 in ブリュッセル ─ 12 June '25 - マン・レイと余白で