
東天王町の泉屋博古館を久方ぶりに訪ねた。鹿子木孟郎の仕事を拝見したかったからである。マン・レイより16歳年長、1900年〜1918年までフランス留学、アカデミィで「古典派絵画の写実」教育を受けている。岡山藩士の子として生まれ、地方から上京し苦労のすえに写実技法を身につけ出世した努力の人。泉屋博古館との関係は住友友純との交流によるところが大きい。「『不倒の油画道』生誕151年からの鹿子木孟郎展」は12月14日迄。

10.0 × 15.0 cm 絵葉書 『画家の妻』1921年

彼の絵画は、写実に徹しすぎたが故に、細部が個々を主張し、画面での関係性が崩れた印象。肢体の歪が特に足に現れている。足裏の表現がおかしい、片足で身体を支える『婦人像』など、重力が欠如しているのですな。1910年ぐらまでの時代表現故であるかもしれない。小生としては『木の幹』と『画家の妻』に惹かれた、ほかに『某未亡人の肖像』(1912年)右下箱型の赤いサインがモダンで好印象をもった。
解説に人物画の習作にはアカデミーとトローニーがあり、前者は特定の様式や主題にしたがっての描写と理想化された表現。後者は特定の人物ではなく表情や衣装、陰影を含んだ光の表現を追求するための習作。──とあった。トローニーの代表的な作例はフェルメールの『真珠の耳飾りの少女』でしょうね。

