2025年 大晦日

鴨川 東華菜館 16:01

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 再生と成長の蛇年も今宵まで ── 立春(節分)迄が本来かもですが。朝から粳餅のヘタを焼いて冷酒チビチビし、松葉の鰊蕎麦で年越したいと構えております(のつもり、ブログアップは6時ですから)。宜保愛子が予言した価値観全て入れ替わる12月21日を過ぎ、それは、あの事だったのかとぼんやり考えている。小生の個人的な出来事に絞っても今年は大きな変化に直面したが、それは良い方向に我が身を進めてくれる結果となった、感謝をせねばならない。

 振り返れば、1月〜3月まで開催した東京富士美術館での『愛しのマン・レイ』展、長い準備と最終コーナーでの混乱で、疲労困憊となったものの、所蔵する作品・資料・エフェメラから200与点を提供することになり、多くの人に観覧いただき、また、友人・知人と旧交をあたためる機会となった。不満が残るもののカタログが作られ、案内状や絵葉書などのエフェメラにスポットを当てる事に成功。いずれ正当な評価をいただけるものと確信している。
 
 6月に家人とベルギー・オランダへの短い旅。旅行の報告は6月19日〜9月4日迄、「ベネルクスでパチリ」とくくりブログ『マン・レイと余白で』に連載した。ブルージュハンス・メムリンクの仕事と出会い、神の啓示にふれ、街を主人公とするローデンバックの小説『死都ブルージュ』を知った。ブルトンの『ナジャ』に先行する挿図の妙、絵葉書蒐集に拍車がかかった。この旅行ではアムステルダムゴッホ美術館で、兄弟の手紙に接し、不覚にも泣いてしまったのが、成果だった。

 銀紙書房の刊本を5月に『愛しきものたち』(限定6部)、10月に『我が愛しのエフェメラ』(限定25部)、12月に『マン・レイ展: 絵葉書旅』(限定5部)と3回上梓した。いずれも絵本シリーズのサイズ感を踏襲。ファンの方々に喜んでいただけたかと思う(自画自賛)。


 筆者のやり方は、水前寺清子の『三百六十五歩のマーチと同じで「一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩さがる」ブレずに続けることでしか活路を見いだせない。コレクションにしても保守的で、現代美術に疎いと、最近、強く感じている。発展は無理ですな、深化で邁進しましょう。「継続は力」というやつです。

 

迎春準備

 今年は長年探してきたマン・レイエフェメラが大挙して登場。随喜の涙の連続となった。東京富士美術館での鼎談(3月2日)で話題にさせてもらったが、本ブログでも都度報告。改めて列挙すると(★印は、報告頁にリンク)

1月  雑誌『マザーアース』7号 (1914年9月)
2月 ロンドン画廊『マン・レイ展』案内状 (1938年)
2月 シュルレアリスム画廊『マン・レイ展』案内状 (1928年)
3月 パリ、アメリカン・センター『マン・レイへの挨拶展』案内状 (1967年)
3月 ボーム画廊『マン・レイ旧作絵画展』カタログ (1939年)マン・レイ書込
5月 ジュリアン・レヴィ画廊『マン・レイ写真展』(1932年)
5月 シュルレアリスム講演会案内状 (1935年) マン・レイ書込
9月  雑誌『マザーアース』6号 (1914年8月)


 コレクションの当たり年なれど、世代交代の感を持つ。嬉しいけどヤーヌスの退場といった悲しい現実を目のあたりにする。世話になった古書店の移転も気にかかる。

 

壬生寺 除夜の鐘 午後11時30分から1打10名で108打、凡そ1時間。

[健康散歩] 

 1月: 5,986 2月: 5,299 3月: 5,363 4月: 5,195 5月: 5,596 6月: 6,652 7月: 5,120 8月: 4,848 9月: 5,238 10月: 5,669 11月: 5,386 12月: 5,279

 前年の記録と比較すれば、ブルージュでの19,177歩、22,528歩 アムステルダムでの15,355歩、12,866歩と突出したものの、膝と足首への負担を考えおおむね平均目標の5,000歩で終えることができた。8月に炎暑で挫折した他「大幅で早く」歩くのは、街でブラパチが趣味の小生には難しい。しかし、明年も計画する旅行に備え、ノルマを守っていきたいと思う。手帳に記録するのが励みですね。

[追記]

 冒頭の団栗橋から東華菜館を俯瞰したパチリは、小生、定番のお気に入りアングル。同僚のH氏と橋を渡って宮川町のお茶屋に向かった20代を思い出す。男衆だったというおいちゃんの姿が川面に浮かぶ…… H氏の訃報を知らせてくれた同僚も、この夏、鬼籍に入られた。人の幻が街に潜む、古い街の夜が開ける。明年は良い年であるようにと、心から祈る。献杯