『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』


粟生田弓著『写真をアートにした男 石原悦郎とツァイト・フォト・サロン』
(小学館、2016.10.16日刊、定価:本体価格2,200円)

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 昨日の朝は粟生田さんの著書を再読しながら新幹線に乗った。10月の刊行が待ち遠しく、店頭に並ぶと即買い求めた。本書は悦郎さんの業績や人柄をあますところなく伝えて、頁を拡げると深くて甘い彼の声が聞こえる臨場感にあふれている。食事をご一緒するたびに、エロテックなバカ話に大笑いし、アフリカやフランスやドイツの美女にまつわるリアリテイに舌を巻いて、真面目ばかりのわたしなど、目をパチクリするばかりのしまつだった。
 今回、まとめられた300頁にわたる粟生田さんの著書で,悦郎さんの人生に近づけたのは、有り難い体験となった。亡くなられた波紋が静かに拡がって、氏に影響を受けた人の多くが「時代の変化」に立ち合っている感覚を持ったように思う。画廊開設の1978年4月を振り返るとわたしは26歳、マン・レイへの熱中が始まった頃で、パリから戻られる度に「新しいマン・レイが見付かった」と教えていただくなど、悦郎さんから様々な援護射撃をいただいた。以来38年、本の中のエピソードが、京都に住んでいたわたしにも思い浮かぶーーー 本書は、粟生田さんの「4年間にわたるインタビューから得られた彼の発言をもとに」執筆されている。本の紹介を兼ねて引用したいと思ったが、難しい、取り出せない緊張が頁に張りつめられている。あたかも、悦郎さんが生きているようなのだ。本書刊行の意義を客観的に述べる事も必要だろうが、わたしにはできない。ごめんなさい。
 夕方のクロージングパーテイーでお会いできたので、再読中の扉にサインを頂き、写真もパチリ、悦郎さんがご機嫌だったのが、良くわかった。


マーク・ピアソン氏と粟生田さん

サインをお願いした。

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写真評論家の飯沢耕太郎氏と粟生田さん

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 マン・レイのブリントを観るために八木長ビルの画廊へ寄った時、外光の調子が最高に良い5階事務所に座った女性のヌード写真を見せてもらった。「向かいのビルで皆んな仕事をしているのに、こんな写真撮ってるんだから、笑っちゃうよ」と、撮った本人の悦郎さんが言う。その場で複写した記憶があるんだけど、あの写真はどこにしまったっけ、美しい人だった。そんな事を思い出しながら、朝方、日本橋に寄ってビル5階の表示を見たら「一心整体院」となっている、京橋の松本ビルにも、最後の京栄ビルにも悦郎さんは居ない。不在を埋める方法が無いのは分かっているけど、悲しく辛い。これからは粟生田さんの本を開いて悦郎さんと話をしたいと思う。ありがとう。