KIXラウンジの奥田善巳。── 29 May '26

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目覚まし6時、窓から昨日のスカイデッキを望む。良い飛行日和のようです。今日は長丁場、徹夜になりますな、呑んでまいりましょう。

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06:24 7052室 「おはようございます」
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第1ターミナルビル
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06:48 チェックアウト  
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動く歩道からパチリ

旅行会社の受付デスクでチケットなどを受け取り、ルフトハンザ航空が使うDカウンターでスーツケースを預け、ANAのマイレージカードも添付し搭乗手続きを済ませる。蛍光発色の出発口をくぐると、海外気分。手荷物検査と出国審査も慣れてきました。パスポートへの押印も忘れず済ませ(紙への記録、好きなんです。というか、電子情報信じてないのです) 免税店エリアへ。

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出発口
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免税店エリアへ

KIXラウンジに入ると、現代美術作家・奥田善巳さんの油彩が掛けられていた。今回、知ったのだが、以前あったANAやJALの自前ラウンジは2025年6月終了。AI情報によると、KIXラウンジは関西エアポート(関空、伊丹、神戸の一体運営会社)が運営する航空会社共有のブランド展開で、Premiumと冠する上級会員利用のスペースの他、ウォークインラウンジやカフェラウンジなどが別途あるらしい。

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奥田善巳 油彩『COシリーズ』1980年代

1970年代後半に京都のギャラリー16でお会いした後、気になっていた奥田さんの仕事を、この3月に江戸堀のKouichi Fine Artsで拝見していたので嬉しい。「近年は国際的な評価も高まっている」そうだが、2011年に鬼籍に入られている。1994年に55歳で亡くなった同じ前衛美術集団「グループ〈位〉」で活躍された木下佳道代さんなど、短い会話の中に鋭い言葉を置かれた作家の、油彩の仕事が胸に刺さる。スペインの旅でヒントが見つかることを祈る。

奥田善巳は、1931年に京都府に生まれ、兵庫県にて育ちました。その後1960年代より立体作品やドローイングなどによるコンセプチュアルアートを発表していました。

1980年に入り、次に抽象的な躍動的な油彩画を描き始めました。

下地に黒を塗っていて、テイストはシンプルですが、赤、紫、黄、緑、青等、単独の色の作品ではあっても、それぞれ重厚感や温もり、深みのある力強いペインティングとなっています。

KOUICHI FINE ARTS HP(https://kouichifinearts.com/okuda-yoshimi/)

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CHRDONNAY RERROIR LITTORAL FORTANT 2024

眠気覚ましに南仏の白ワイン、フォルタン リトラル シャルドネ。「トロピカルフルーツを思わせる甘い香り」だそうですが、海苔巻き、お稲荷、ハムに鴨ロース、三色大福といった楽しさの席では、脇役になっちゃいますね。見渡すと朝から呑んでる人はいません。

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07:49

案内ボードで搭乗口を確認。下から三段目、9時30分発、ミュンヘン行きルフトハンザ、LH743(NH7880)便、搭乗開始8時50分でゲートは19番。早めにいきますか。

まずは、関空前泊。── 28 May '26

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奥様とパック旅行でマドリード、コルドバ、グラナダ、ミハス、セビリア、パルセロナと周遊してきました。ツアコン氏の説明ではスペイン入門の王道コース。プラド美術館、ソフィア王妃芸術センター、アンダルシアのアルハンブラ宮殿、完成間近(?)のサグラダ・ファミリア聖堂などなど、日本の凡そ1.3倍という広い面積の国を、新幹線と飛行機の助けをかり堪能。シニア二人の備忘録としてnoteに書いてみたいと思います。皆様の参考になれば幸いです。


ツアーの集合時間は7時30分。京都発のはるか始発で関西空港着7時12分。阪急利用で7時8分。昨今の交通事情からするとトラブル発生で一発アウト。鉄道ファンで心配性の小生は、ホテル日航関西空港に前泊することにした。

阪急、大阪地下鉄、南海

時間はタップリあるもののお天気を考慮し早めの出発。奥様、せっかちなんですよ(ハハ)。阪急京都線を淡路駅で大阪メトロに乗り換え、天下茶屋駅下車。南海本線で関西空港駅へ向かう。ラピートではなく区間急行選択です。

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阪急電車 淡路駅 大阪メトロ 天下茶屋行き 普通 7323号
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南海電車 天下茶屋駅 関西空港大阪行き 急行 8368号
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12:40 第1ターミナルビルへの 連絡橋

関西空港駅改札を出て右、動く歩道でエアロプラザ側のホテルへ。この歩道、床面ゴムが縦溝、動きと進行方行が一致するので視覚的に不安定、身体の安定を無視するようですな。ちょっと危険。パチリはやめておきました。
 スーツケースをホテルに預け、明日の集合場所を確認、昼食をすませても、時間たっぷりありますな。それで、関空展望ホールへ……

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天ぷら蕎麦 at そば処 そじ坊
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展望ホール行 無料バス 運行は毎時2本(00分、30分発)程度 

関空展望ホール

第1ターミナルビル1番のりばから所用9分。5階建てのメインホールとエントランスホールが北東側に位置する。スカイデッキからデジカメの200mmで狙う。

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海上保安庁の建屋、遠方に関西国際空港連絡橋、りんくうタウン

離陸場面のパチリ叶わず、迫力いまひとつなれど、トラムのペーパークラフトなどお土産をいくつか確保。第1ターミナルビルに戻り夕食の買い出し。── たこ焼きが高く驚く。シニアは築地孫左衛門で寿司のテークアウト、ビールを少々。

iMacを入れ替えました。

28 June '26

価格改定前の19日にポチリしたiMacが25日午後、到着した。配送経過を確認したところヤマト運輸の上海支店で22日受付、23日発送。24日にヤマト運輸のADSCロジセンターに到着し、25日京都市内の営業所から配達された。アップルの製品は開梱からスタイリッシュで、感動が詰まっている印象。楽しく楽しく、丁寧に取り出した。

 

備忘録として、注文したiMacの仕様など書いておきます。


● M4チップ搭載iMac - シルバー
10コアCPU、10コアGPU、16コアNeural Engine
24GBユニファイドメモリ *基本: 16GB
1TB SSDストレージ *基本: 512GB
標準ガラス
ギガビットEthernetポート
Magic Mouse - シルバー
Touch ID搭載Magic Keyboard(テンキー付き) - 日本語(JIS) -シルバー *基本:テンキーなし
Thunderboltポート x 4
24インチ4.5K Retinaディスプレイ¹
12MPセンターフレームカメラ
macOS  Tahoe 26.5

 

● 旧型iMac 

21.5インチ Late 2015
プロセッサ 1.6GHZ Intel Core i5
メモリ16GB 1867 MHz DDR3
グラフィックス Intel HD Graphics 6000 1536 MB
ストレージ 1.02TB
macOS  Sierra 10.12.1

 

従来機に比べ高速、高性能のiMac選択は、贅沢かもしれない。ThunderboltポートやNano-textyreガラスなど新しい単語が多く選択に迷う、追加金額も考慮しなくちゃいけない。インデザインとフォトショップは旧型を継続使用する予定なので、データ移行を考慮。操作性からSATECHIのUSBHUBを別途調達。「クラウドをしていない場合、OSがSierraでは移行アシスタントが認識しないのでは」と、アップルのサービスセンターで聞いた。


さて、キーボードとマウスは初期充電済。本体に電源を入れ、クリーンインストールでセットアップ、Siriが小生の声に反応してくれなかったことを除けば、所要40分。楽ちんですね。その後、ユーティリティバーを調整し、グーグル・クロームとグーグル日本語入力ソフトをダウンロード。細かい調整をして旧型機の使用環境に近づける。SDでのデーター移行はこれから、大変なんですが……

 

 机にiMacを二台並べた環境になりました。銀紙書房の設備投資が吉となりますよう、社主は願っております。投資いただいた奥様に心からのお礼を申し上げます。

ブラウザー トラブル 回願

27 June '26

 

この一ヶ月、ブログ「マン・レイと余白で」を更新出来なかった経緯などを書いておきたい。備忘録です。


 拙宅で使用していたiMacは、2016年11月購入。それまでのiMac(2008年5月購入 Leopard 10.5.2)で慣れたインデザインとフォトショップを継続して使うため、OS(Sierra 10.12.1)を更新しないままでいた。最初はビルドインのサファリを使ったが、OSと合わなくなったのか、ブラウザの使いかってが悪くなったので、グーグルのChromeに変更。これは機能が充実したすぐれものだった。

 昨年の後半だったか「Google Chromeのアップデートを受信するには、macOS 10.13以降が必要になります」とアナウンスされた。前述したようにアドビ製品を使うためにバージョンアップを躊躇したまま、時が過ぎた。

 今年に入ってから、特にセキュリティーチェックが厳しくなり、ネットサーフィンに支障をきたすようになった。調べ物のサイトは限られるので、そのまま使ってきたが、どうも、ブロックされることが多い。そろそろ、現行機は10年、買い替えが必要と思い、データーのバックアップもするようななった(クラウドはしてないのです)

 

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 5月25日頃だったか、ルーチンワークのブログの書き込が出来なくなった。Hatena Blogは、たまにエラーが発生し、数日すれば回復と経験から予測していたものの、旅行から戻り、「さあ、三か月、スペイン散歩を書きましょう」と意気込んだところ、編集画面に本文入力エリアが表示されなく、困惑。キャッシュやクッキー、閲覧履歴の削除、プライバシー設定の変更、シークレットモードの実行、HatenaBlogのエラー情報確認など、いろいろな解決策を探しました。一週間はトライしましたが、だめでしたね。

 その間、6月6日、10日、25日のブログ更新は、IPhoneから行いました。iPhoneで書くの、嫌いなんです、イライラしちゃいますもんね。ブログでの旅行報告は、ブログサービス noteで実施。→ man ray ist|note noteとHatenaでは、前者の方が「書くのに注力」する雰囲気で、気楽に報告を楽しむ 「マン・レイと余白で」とは違い、時間をとられる作業となってしまった。

 しかし、iMacでアクセスすると、画面はヘンテコで、混乱、ストレスが続きます。例えば、ソフィア王妃芸術センターのサイトでは、これなんだと、分かるような、分からないような、斬新なデザインを突きつけられた(笑)

 

画面が壊れたソフィア王妃芸術センターのサイト。正しくは以下 ↓

 

 

そんな訳で、iMacを買い替えることにした。

 

[メモ]

6月10日(iPhoneから投稿)

noteのお知らせ

https://note.com/manrayist

回復が遅れている「マン・レイと余白で」ですが、iMacの買い替えが必要のようです。手当が出来るまでブログサービスのnoteでスペイン旅行のことなどを報告することにしたいと思います。お手すきのときにでも訪問いただけると嬉しく思います。スキのボタン、押していただけたら、泣いちゃいます!  石原拝

 

6月25日(iPhoneから投稿)

ブログ「マン・レイと余白で」回復の報告

やっと、iMacを手当し、先程、前線に復帰しました。データ移行や操作調整などをした後、以前のように投稿してまいります。皆様、ご心配をおかけし申し訳ありませんでした。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。 石原拝  

 

* 10日と25日の投稿は、旅行報告連載のため削除させていただきます。

 

高山彦九郎先生 皇居望拝

皇居
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 二十歳の頃、明治生まれの亡父と三条大橋を歩いていたところ、彼は高山彦九郎の心持ちを語った。以来、半世紀。息子は人に、世に、礼節を欠くことばかりと反省。銅像の銘文には、群馬県出身で前後五回上洛した彦九郎は、都度、京都御所に向かって拝礼されたという。
 明治維新を成就した勤皇の志士達は彦九郎を心の鏡と仰いだといわれ、明治中頃の俚謡、サノサ節で謳われている ──

人は武士
気概は高山彦九郎
京の三条の橋の上
遥かに皇居を  伏し拝み
落つる涙は鴨の水 アサノサ

[メモ]

高山彦九郎(1474-1793)は、江戸時代後期の武士、尊皇思想家。多年にわたる日記を残し、吉田松陰はじめ、幕末の志士と呼ばれる人々に多くの影響を与えた。また、二宮尊徳や楠木正成と並んで戦前の修身教育で取り上げられている。

豊国神社と大仏餅

豊国神社の創建は1599年、社領一万石、境内域三十万石を誇ったが、豊臣氏滅亡後廃祀。明治元年、祭祀復興。旧方広寺の仏殿後に再建。正面唐門は伏見城遺構、豪華な飾金具や彫刻などが施された国宝。豊国神社のご利益は出世開運、厄除招福、良縁成就とされる。先日、奥様とブラブラ、お参りさせていただいた。

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方広寺の梵鐘の銘文「国家安康・君臣豊楽」が白字マークしてあります。これが大阪の陣の発端を象徴するとされる。

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正面通り、左に耳塚(秀吉の朝鮮出兵のおりに日本へ送った鼻を埋めた塚で、後に耳塚と称した)。右の赤丸印に甘春堂東店。

甘春堂は江戸時代からの名物、大仏餅を提供。昨秋、ブラタモリで紹介されていたので、味わってみたのだが…… お抹茶セットでお願いすると、袋に入ったままの大仏餅ニ個が登場。合理的ではあるけど、驚きました。ひとつはお土産にしなはれ、ですか。しかたおへんな。

山本容子版画展 ── 物語をつつむ at 中信美術館

懐かしい山本容子の版画を観に中信美術館を訪ねた。学生時代の作家にギャラリー16で出会っていたからである。生年が同じでデビュー作(?)の『Band Aid』に惹かれましたからね。それから半世紀、小生はマン・レイ一筋になったものの、本の仕事などを注目してきたのだった。

 中信美術館の今展はポートフォリオ作品や書籍などを中心に凡そ60点が展示され、見応え充分。大家利夫の装本を拝見できたのは収穫だったが、昔、求めたものや、マン・レイを題材にしたものがあればと期待したが、そのシリーズとは再会できなかった。

 尚、展覧会は6月26日(金)迄、月曜休館 10:00〜17:00 入場無料
 

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左『Asparagus Guy』、右『Asparagus Paradise』1977 エッチング、アクアチント


10.5 × 14.8 cm

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『To the Park』1978 エッチング、アクアチント

10.5 × 15.0 cm

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京近美 常設

令和8年度 第1回コレクション展示 2026年3月28日(土)〜6月21日(日)

A. MoMAKマスターズ

ピート・モンドリアン(1872-1944) 左から


●『ヘイン河畔の樹』1903頃「ピート・モンドリアン展」(バイエラー画廊、バーゼル)、1993年購入

●『コンポジション』(プラスとマイナスのための習作) 1916年頃 「モンドリアンの時代展」(シドニー・ジャニス画廊、ニューヨーク 1953)、1978年購入

●『コンポジション』1929年 「抽象とシュルレアリスムの絵画と彫刻」(チューリッヒ美術館 1929)、1987年購入

 

H.イッテンとモホイ=ナジ

ヨハネス・イッテン『幸福な島の町』1965年

 

D.リチ・リームへ ようこそ


「もっと楽しく」「もっと自然に」「もっと自由に」── 上野リチ・リックスは教え子たちにそう語りかけたといいます。(パネルから引用)

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美術館は常設展示だと改めて思う。モンドリアンの具象から抽象への移行を分かりやすく見せてくれる恒例の3点セット。2017年のときは、左右が逆だったかと思う。でも、良いですな。

 

絵葉書 ビネンアムステル

9.3 × 14.2 cm Amsterdam. Binnen Amstel.

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正面の特徴的な塔は、1620年に建てられたムント塔だろうか? だとしたら昨年、トラムで前を通り抜けました。運河の人物に我が身を仮託しちゃいますね。 

 小生の絵葉書を買う楽しみ、選ぶ絵柄の優先順位は、1- マン・レイが歩いた街と見た景色。2- 小生が歩いた街と見た景色。3− 小生が憧れる街の1901〜1930頃の風景(旅行を計画しているところがベスト)。4- 魅力的な肖像、女性ならベスト。5- 絵画複製(貴重なもの) など、これに消印のリアルが重なる。加えて、6- エンタイア。7- RPPC、ビンテージのシルバープリント。

 上掲のアムステルダムの絵葉書は、本年3月に梅田の古書の街で求めた。昨年6月の旅行の記憶が蘇った(2番)、オランダの切手が貼ってあったのも購入の動機でした。300円の葉書を買うのに、躊躇していては、大成しませんな。もう遅いけど(ハハ)。

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16 June '26

あの日は運河クルーズをしておりました。暑かったですね。

「坊主祝いしましょ」『花の百年』藤井大丸百年史

18.3 × 13.0 cm 230 pp.

荒金義喜著『花の百年』(藤井大丸百年史) 藤井大丸 1970年発行

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 FUJII DAIMARUが一時休業に入り、新施設オープンまで地域活性化に注力されるという。四条通りを挟んだ寺町通りの南北と御幸町通下ルにNORTH、EAST、WEST、SOUTHと称す各エリアを始動。小生は参加ショップに疎いけど、楽しそう…… なんて話題を若い頃にはよく行ったというブックス・ヘリングのルパン氏と話していたら、藤井大丸百年史というのを紹介された。饅頭本のひとつだけど、面白い。創業者夫婦と子供、孫、店員たちの働きぶりが活写され、いくつもの教訓をいただいた。

 

 明治の中頃、掛売りが当たり前の時代に「現金・正札売り」、金利と掛け倒れを見越した値段設定に対し、藤井大丸は現金で安く仕入れ、利幅を低く設定、安いので客が押しかけた。反面、同業から疎んじられる。商売のアイデア、高下駄の歯(47頁)など客への対応、見習うべきエピソードが『花の百年』に続く。キクがつけた値段の符牒も面白い。── アシタフヤソウ、チョキン(明日増やそう貯金)→ アスタフヤサ、丁(ちょう)、チキマル(1 2 3 4 5 6 、7、  8 9 0)

 

 近年一般的になった五年日記を発案したのは、安政2年生まれの創業者、藤井キク(1855-1936)。「店用日記」のほかに、丁稚たちのすべてに、必らず日記をつけさせた。「人間の一生は尊いものや。決して一日もゆるがせにしたらあきまへんえ。その大切な一日一日の記録や。必ず日誌に書いとおき」(87頁)

 

 主人、番頭、丁稚という上下関係をなくし、同じ店の仲間として遇した。主人も同じように店頭で働き、売上が0だったりしたときは、「『なんの、こんな日ものうては、面白みがおへん。さ、きょうは坊主祝いしまひょ』キクは笑って、皆の分のキツネウドンを注文させた」(89-90頁)。

 

 引き写してると終わらないので、ここまで。

 

若い頃のルパン氏もJUNやVANのお世話になったらしいが、筆者の勤務先も1980年台始めに「BLOOMING SPOT」と冠したショップをFUJII DAIMARUに出していたのでした。

 

 四条通りに面した四階建ての「あかがね御殿」(1895年)から、三階建の西洋館(1912年)を経て、火災にあうも逆境をバネにフランス風の4階建てで百貨店(1935年)に切り替えた藤井大丸。展覧会もしたという。「現金二割の、お払いもどし福徳サービスでございます」

 

 明治生まれで大陸で商売をしていた亡父のことなど『花の百年』を読みながら「軍の酒保」や引き上げの苦労などに興味を持った。在外資産の書類も実家にありましたな……

暮靄書房で絵葉書を買う。

土曜日に出町枡形商店街の暮靄書房をパトロール。絵葉書揃っていましたね。ニューヨークの教会やドイツの高架橋を渡るSL、廉価で旅行したような気分になりました。ありがとうございます。

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9.0 × 14.1 cm Ravennaviadukt bei Höllsteeig in Höllental

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ヘレンタール鉄道のラヴェンナ高架橋の場所は、ドイツ南西部 ヘレンタール(地獄の谷、バーゼルから北東へ凡そ70km)にある集落のヘールシュタイク(地獄の道)。ウィキによると上掲の初代ラヴェンナ高架橋は「着工1885年、竣工1887年。ロベルト・ゲルヴィヒの設計で3本の砂岩製橋脚と鋼鉄製トラス構造の上部構造を持ち、半径240mの緩やかな曲線を描き、川床から37m以上高い位置、勾配は1:20。列車の速度は時速15km、軸重は16トンに制限された」1926年に鉄道需要と機関車の重量化にともなう新線の建設が始まった。

北野天神 at 京都国立博物館

京都国立博物館で特別展『北野天神』を拝見した(6月14日迄)。拙宅からバスで直ぐ、健康散歩の圏内でもある天神さんは、11月に「史跡御土居もみじ苑」を見学したばかり、昔は25日の縁日にも足を運んでおりました。その天神さんの祭神、菅原道真が亡くなられて今年は1125年にあたる節目、「全国の天神信仰ゆかりの文化財が」集結した大展覧会。国宝の北野天神縁起絵巻(承久本)全巻展示は初になるそうで、前評判MAX。もちろん、全九巻を堪能するためには、5回足を運ぶ必要があります(すごい)。新参者は巻物の見え方から右上から左下に配する塀や屋根などの構図に納得しておりました。サイズ感は重要ですね、どこで開き、どのように鑑賞(?)されたのか、神様に捧げるのですから、想像が膨らみます。

 第一章の天神信仰、1.菅原道真・伝菅公遺品から国宝がずらりと並び、圧倒されました。1-4. 犀角柄刀子、1-6. 白磁円面硯、1-2. 玳瑁装牙櫛 、1-3. 牙笏 と驚く。愛用したと伝わる櫛の可愛く知的な様子、また、笏の材質(象の牙ですか)厚みと色彩に、すごいと唸るばかり。

 

展示は一部をのぞき撮影不可なので、惹かれた展示物を書いておきたい。15. 鬼神像、18.  天神立像、19. 束帯天神像(根本御影)、22. 束帯天神像、48. 十一面観音立像など、展示の眼目 50. 北野天神縁起絵巻(承久本)など見入りましたね。

 前述、19. 束帯天神像(根本御影)は、14世紀・南北朝時代の作とされ「現存最古級の天神像」とのこと。荒ぶる御霊から霊験あらたかな神へと変容した後の様子、道真から天神様への受容を拝見したのは、ありがたいことだった。

11.0 × 21.5 cm 重要文化財、北野天満宮蔵 (カラー版からモノクロ版に変更)

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 もっとも、凡夫が特に愛着を感じたのは「15. 鬼神像」(前期展示は11軀)、絵葉書を買ってしまいました。どなた宛に送ろうかしら(フフ)

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 撮影可能なのは展示最終コーナー、第3章 北野天満宮と芸能・文化の章の一室に置かれた二つの太刀、兄弟揃い踏みの髭切と膝丸。物語が続く……

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羅生門絵巻(江戸時代・17世紀) 

 有名な源頼光の鬼(酒呑童子)退治の後日談を描いた絵巻。頼光に仕えた四天王の一人・渡辺綱が主人公となり、羅生門に住む鬼を名刀「膝丸」で、頼光を病にした牛鬼を「髭切」で退治する。それぞれの刀は「鬼丸」「鬼切」と名が改められた。清和源氏ゆかりの名刀の由来が武勇譚の中で語られる。(解説)

 

太刀 銘□忠(薄緑・膝丸) 鎌倉時代(13世紀) 京都・大覚寺蔵

羅生門の鬼と「膝丸」で対決。

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131. 太刀 国綱と銘がある(鬼切丸・髭切) 鎌倉時代(14世紀) 京都・北野天満宮蔵

「髭切」で牛鬼の手を斬り落とす。

 

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薄緑太刀傳来記 大覚寺

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鬼切丸伝来記写 奉剣寄進録

タグ鉄 in 阪急京都本線 大宮駅

大宮駅

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 西院駅と大宮駅間の地下線路は、2000年に土木学会選奨土木遺産選定。「東京の銀座線に次いで全国で2番目、関西最初の地下路線」というのが、その理由。軌道幅1435mm(国際標準)、西院駅からの延長1992mに地上駅からの延長389mが加わった工事は、地下水位が高く難工事となった。開削式工法。コンクリート道床、架空戦(パンタグラフ集電)方式。1931年3月営業開始。

 以来、京都河原町駅への延伸が実現する1963年まで、大阪へのターミナルとして大宮駅は栄えた。その駅のスタンプは「新選組」。近くの坊城通四条下ルに近藤勇や芹沢鴨らが上洛した新徳寺、新選組の壬生屯所旧跡八木邸、前川邸、兵法訓練を行ったと伝わる壬生寺がある。ダンダラ模様の隊士は近藤、土方、沖田だろうか、可愛いですな(キャ)。

 

阪急京都本線 西院駅 エキタグ

地下線、西院駅入線

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 京阪電気鉄道の子会社、新京阪鉄道が京都までの路線を仮駅で西院へ延長したのは、1928年の昭和天皇即位大典に間に合うためだったという(地上駅、仮設)。

 翌年5月に大宮まで延伸する地下線起工式をおこなうが「地下水位が高く難工事」。「天の力と人の力が合わさり」1931年3月、地上駅から地下駅に変え開業した。地下線隧道入口には当時の京阪電気鉄道社長、太田光による「天人併其功(てんじんそのこうをあらわす)」と記された扁額が掲げられている。このブログでも以前紹介した。→ 旧京阪電気鉄道京都西院駅(現・阪急電鉄京都線西院駅) - マン・レイと余白で

 

スタンプの絵柄は、鷲の形や電車の進行方向などが、きちんと再現されている。さすが阪急、ありがとうございます。