
アルハンブラ宮殿至福の空間、もうひとつは、光に包まれるライオンの中庭。ガイドブックでは魅力は分かりませんでしたね。水鏡の青空が眼に残るままか細い列柱越しに光に満ちたオアシスに入った。光が光線ではなく充満している感覚は、初めてのように思う。
タイルはアルハンブラでは重要な装飾材料であり、壁面装飾に欠かせないものとなっている。床から壁にかけてのいわゆる腰壁にあたる部分には、必ず彩色タイルが張りつめられ、全体の装飾に安定感を与えている。このタイル貼りの腰壁は、座床生活のイスラム教徒には背もたれとしての実用性もあり、突起のない平面でなければなかなかった。また、その模様は多種にわたり、色は白、黒、赤、青が主体で、その中間色もある。
アルハンブラの装飾を支配する思想は、終わりなく反復する連続性であり、これはタイル装飾のみならず、漆喰彫刻、文字装飾においても特に顕著なものしとなっている。オランダの図案家モーリッツ・エッシャーは、1926年と1936年の二度にわたってアルハンプラを訪れているが、有名な「だまし絵」の創作は、アルハンブラの装飾タイルのデザインにヒントを得たものである。
白大理石の円柱は124本。大塚勝弘は124という数字に意味があると前掲書で自説を説明され、「これは噴水としての存在とともに、永遠の時を告げる水時計でもあった」と結論づけている(76-77頁、102-103頁)。昔の地面は砂利敷きではなく草花が植えられていたとも。
中庭の南面に16世紀から「アベンセラヘスの間」と呼ばれる空間がある。ナスル朝の最大勢力アベンセラヘス一族の36人が対抗勢力の讒言によって最後の王ボアブディルにこの部屋で惨殺され、「部屋中に飛び散った血は、ライオンの噴水を通じて中庭まで広がった」という場面、今でも亡霊が出るという。
『アルハンブラ物語』の著者W・アービングは、ボアブディルではなく惨殺は残酷で凶暴な父王アベン・ハッサンの行為だとしている……
アベン・ハッサンは高齢になってから、高貴な家柄の美しいキリスト教徒の娘を、何番目かの妃とした王である。彼女はソライダーというムーア名を名乗り、二人の王子を産んだ。ソライダ妃は王の寵愛をうけて、やがて自分の息子に王位を継がせようと大望を抱いた。他の王子たちの嫉妬はたいへんなものだったらしい。
次の王位をめぐってさまざまな陰謀がめぐらされ、噂がとんだ。それが王の耳に入ると、王はそれにかかわると思われる人物たちを次から次へと殺害していったのである。
中央のライオン像は「ムハンマド5世がユダヤ人サムエル・イブン・ナグレラの邸宅から移したもので、11世紀頃にキリスト教徒の捕虜によって彫られたものと推測されている」(大塚勝弘)。
庭を囲む各部屋はハーレムだったというから、胸キュンとなりますな。







































































































































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