『仮面』ハワイ諸島

今朝方『マン・レイのタブローと島々のオブジェ』展案内状を紹介したのが呼び水となったのか、マン・レイが撮った仮面と同種の「鳥の羽飾りで覆われた戦神の仮面」をとらえた絵葉書をT書店で見つけた。普段は買わないけど、何か暗号が出ているのかしら。英国国立博物館民俗ギャラリー蔵との事。ネットで確認すると、眼は真珠貝、使われた鳥はピンクの長くカーブしたくちばしに赤い羽根のイイヴィ(べニハワイミツスイ)と、愛くるしい目に純白の羽根のマヌオクー(シロアジサシ)の二種。

 

f:id:manrayist:20210924210409j:plain
『仮面』ハワイ諸島 13.8 × 9 cm

f:id:manrayist:20210924210424j:plain

 マン・レイの写真は2014年11月のサザビーズ・オークションにLot.146で出品されていた。予価14,000〜18,000のところ、落札価格は25,000ユーロだった。出品解説に1930年代、トロカデロ美術館で撮影したハワイのオブジェで、現在はルーブル美術館に所蔵されているとある。とすると、マン・レイによる所蔵品の写真葉書が発見できるかもしれませんな。夢ばかりが膨らみます。

---

 

 下段の着彩絵葉書はフランス・アンティーブ近くの海岸、ジュアン・レ・パンのもの。1926年に開業した同地の有名ホテル、ル・プロヴァンサルには、チャリー・チャップリンリリアン・ハーヴェイなどの映画人の他、マン・レイなども逗留したと云う。

f:id:manrayist:20210924210436j:plain

8.9 × 13.7 cm

f:id:manrayist:20210924210445j:plain

同じくT書店で求めた。宛先は1888年生まれの著名な経済学者故小島昌太郎氏だろうか。

『マン・レイのタブローと島々のオブジェ展』 at シュルレアリスム画廊

f:id:manrayist:20210922222606j:plain

マン・レイのタブローと島々のオブジェ』展案内カード 9.3 × 13.4 cm 片面刷り

f:id:manrayist:20210922222619j:plain

裏面

---

 京都産業大学の長谷川晶子さんが「アンドレ・ブルトンが企画したとされる『マン・レイのタブローと島々のオブジェ』(1926年3月26日〜4月10日)はシュルレアリスム画廊のオープニングを記念する展覧会であることから、その展示方法は念入りに構想されたはずだ。展示室の写真もこれに関する詳細な証言も残されていない----」(水声通信23号、2008年)。氏の論考は「シュルレアリスムにとって、展覧会は作品、雑誌と並ぶ重要な表現媒体だった」(同)と書き始められているので、わたしは嬉しく、同時期の「植民地博覧会」や「反植民地博覧会」などとの関連を記述され極めて興味深い。このブログでは一助として架蔵するシュルレアリスム画廊の開廊案内カードを紹介したい。 
 ブルトンの『シュルレアリスム宣言』の表紙の色ではありませんかと思ったので、カード探したのですよ、何十年も(大げさ)。展覧会のカタログはたまに市場に出るけど、エフェメラは紙くずみたいで、だれも手に取らない、なので、残らない。パーティーの招待状みたいで、印刷所の残紙で刷ったのかと想像するのが楽しいのですよ、臨場感があって。

 

f:id:manrayist:20210924091507p:plain

2019年4月のジャック・カロット街(グーグルストリートビューから引用) カルチェラタンの有名なカフェ・パレット、この建物か隣接するクリーム色の画廊かが、シュルレアリスム画廊のあったところですな。 

 1926年3月26日の真夜中、「Minuit」とすると夜の12時半でしたっけ、「太陽も川の流れも地球も、鏡の裏箔も星々もない、苦情も祖国も何もない、疲れを知らず心なく単純で貴方もいない」(意訳) 無い無い尽くしの世界へ突撃するのは、興奮するでしょうね。

 

 

f:id:manrayist:20210922223023j:plain

 

● 拙宅近くの京都産業大学ギャラリーで開催されている『シュルレアリスムと雑誌』展に刺激され、石原コレクションでのミニ展示を試みた。左より1965年のシュルレアリスム展『絶対の隔離』ポスター、『マン・レイのタブローと島々のオブジェ』展(1926年)の案内カード、そして、学生さんたちが造られた産大のチラシ。 FBでも先日紹介 →

https://www.facebook.com/teruo.ishihara.5/posts/4295396407204086

『国際稀覯本と美術品見本市』at グランパレ・エフェメール

f:id:manrayist:20210912084818p:plain

 24日〜26日の3日間、グランパレで開かれる第1回「国際稀覯本と美術品見本市」の案内をメール添付で頂いた。マン・レイのオブジェ「Pain Peint」(パン・パン)が貼り付いた経本仕立てのイオラス画廊カタログが使われているので、とても気になった訳(小生、架蔵していますが、これ珍しい)。出品されている「クロエとオザンヌ」の古書店をグーグルで確認しました。何があるのでしょう、気になりますね。

 

f:id:manrayist:20210922102424j:plain

店舗はパリ5区、モンジュ通り21番地

f:id:manrayist:20210922102643j:plain

f:id:manrayist:20210922102551j:plain

上掲画像3点はグーグル・ストリートビューより引用

----

 

 「国際稀覯本と美術品見本市」の案内によると、会場のエフェメールは新しく整備された壮大なスペース(2004年夏開催のオリンピック・柔道、レスリングなどの会場に予定)で、200以上の出品者が、わたしたちを迎えるてくれると云う。行きたいですな。

 さて、一昨日、報告した「ゼミ展示『シュルレアリスムと雑誌』at 京都産業大学ギャラリー」に関連して、フランスの文化行政について一言。彼の地の国立図書館は積極的な収集活動を行っている。オークションにおいても、特別の購入権を持っており、鳶に油揚げで、落札品を泣く泣く手渡すコレクターの話を聞く。社会共通の文化遺産なのですな。グランパレのカタログ(PDF)を見ていると「2021年には、企業スポンサーと遺産基金の支援により、1785年にサド侯爵がバスティーユに投獄されていたときに執筆した『ソドムの百二十日』の手稿、アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』(1924年)と『シュルレアリスム第二宣言』(1930年)の手稿など、優れた資料がBnFのコレクションに加わりました」と報告されている。国家に入り売却されないものに分類されると云うから、終活を考える身には羨ましいですな。

ゼミ展示『シュルレアリスムと雑誌』at 京都産業大学ギャラリー

f:id:manrayist:20210921144703j:plain

京都産業大学壬生校地むすびわざ館2階 壬生川通松原下ル

f:id:manrayist:20210921145359j:plain

京都産業大学ギャラリー 

 

f:id:manrayist:20210921144742p:plain

チラシ(表) 29.7 × 21cm

f:id:manrayist:20210921144750p:plain

チラシ(裏)

 

● 小生の健康散歩コースに位置する京都産業大学ギャラリーで、シュルレアリスムの資料好きには堪えられない展覧会が昨日から始まった(9月21日〜10月2日)。長谷川晶子ゼミの学生(37名)らが企画されたもので、貴重図書を含めて24タイトル。展示は『シュルレアリスムと雑誌』と題して同大学図書館所蔵の『ミノトール』(1933-1939年)と『トリブル・ヴュー』(1942-1944年)を中心にシュルレアリスム運動をわかりやすく紹介している。大学文学部の学生減が顕著になった昨今、長谷川准教授による嬉しい関西での薔薇の開花と思う。対戦間のアメリカで英語を使うのを拒否し仏蘭西語でとおしたアンドレ・ブルトンの態度に、孤高の知性を感じる小生は、彼の著作が並ぶ空間に、特別の愛を感じるのです(大げさかしら)。
 同大学図書館所蔵は前述2冊の他にブルトン、スーポー共著による『磁場』(1920年、オ・サン・パレイユ版)とブルトンの『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』のサジテール版(1924
年)とクラ版(1929年)の2種。彼の地の戦前刊本は仮綴じ形式の限定部数刊で使用用紙を幾種類も変えた他、革装丁による化粧、著者自筆テキスト貼り込みなど、個体によって評価・希少性に差が生じ、書籍はテキストが読めれば良しとする態度とは異なる文化と時代背景を持っている。この点において、図書館蔵のものは、表紙にバーコードが付いた管理シールによって、書物のオーラをそぐ方向で生きながらえた感覚。雑誌の合本もしかり、動物園のゲージの中ですな(嘆いてはいけませんが)。

 個人所蔵のものは、稀覯本とは言えないかもしれないが、それぞれに現在に続く貴重な出会いの物語を秘め、研究やインスピレーションに寄与した幸福感と共に、ここにあるように思う。わたしの関心領域に近いものもあり、最近の復刻版による研究への貢献がひろく行われている状況を知ることができたのは、ありがたい。----『ナジャ』の手書き原稿ファクシミリ版が刊行されていたのは知らなかった。

 

f:id:manrayist:20210921144800j:plain

ブルトン『ナジャ』1928年と1964年

f:id:manrayist:20210921144810j:plain

『ナジャ』の手書き原稿ファクシミリ版 2019年

 

f:id:manrayist:20210921144822j:plain

右からポンピドゥー・センター『シュルレアリスム展』カタログ(2002年)、ブルトン狂気の愛』(1937年)、ロザリング・クラウスとジエーン・リヴィングストンによる『狂気の愛、写真とシュルレアリスム』(1985年)のマン・レイ作品を紹介する頁。

f:id:manrayist:20210921144837j:plain

左から『メキシコ、ニューヨーク』(2003年)、『メキシコ』(1939年)、『ポサダ』復刻版(1930/2012年)

f:id:manrayist:20210921144851j:plain

アンドレ・ブルトンシャルル・フーリエに捧げるオード』(1947年)

----

 

f:id:manrayist:20210925171327j:plain

 この展示で特筆しておきたいのは、ブルトンの肖像写真2点で、ジゼル・フルンによる1939年のもの(右)と、アンリ・カルティエ=ブレッソンがフォンテーヌ街で1961年に撮影したもの(左)。後者は近年、松本完治訳でエディション・イレーヌから刊行されたブレッソンブルトンによる『太陽王アンドレ・ブルトン』で紹介され、眼にしていたところなので、特に嬉しかった。かさねて、感謝申し上げたい。

---

 

 尚、会場では京都産業大学図書館所蔵品の他は、三脚、フラッシュなどを使用しなければ撮影可能。楽しく拝見した後、展覧会のチラシとA4版10頁のパンフレット(展示品リスト含む)を頂戴して帰宅。ゆっくりパネルの解説文を読んでいる。

 

f:id:manrayist:20210921222630j:plain

f:id:manrayist:20210921222643j:plain

 『マン・レイ』の解説パネル最終段には「今回展示されているブルトンの『狂気の愛』(1937年)にもすばらしい写真を提供している」と記されている。展示で開かれていた頁にあったのはブラッサイの写真だったが、上段のパネルにはマン・レイ撮影の『ひまわり』の写真(部分)が、きちんと紹介されている。筆者に「巨大太陽を想像させるひまわり」について、その種との関係、揺れ動くブルトンの心について尋ねてみたい。---なんて、食後のビール頭で思っています。

 

f:id:manrayist:20210921222653j:plain

 解説パネルは履修生それぞれが、関心を持つテーマを選び担当、時間をかけて作り込んだそうです。ありがとうございました。

月見だんご by 仙太郎

f:id:manrayist:20210907152210j:plain

中秋の名月、今年は21日(火) お天気はどうかしら----は、別として、だんご君は美味しいですな。仙太郎のリーフによれば、だんごが月であんが、夜空、雲とみたてていると云う。「農耕の折り節の行事」で、供え物として、芋、団子、枝豆、薄の穂などがあげられる、お酒は何にしましょうか。

f:id:manrayist:20210907152221j:plain

f:id:manrayist:20210907152238j:plain

『MIROIRS ─ Manga meets CHANEL』by 誉田屋源兵衛

f:id:manrayist:20210920170254j:plain

誉田屋源兵衛(竹院の間・黒蔵) 室町通三条下ル

---

 18日から始まった京都国際写真祭(10月17日迄)で、マン・レイの写真が展示されている。銀座のシャネル・ネクサス・ホールで催された展示の巡回と思うが、シャネルのコレクションと週間少年ジャンプで人気の『約束のネバーランド』の作者白井カイウ出水ぽすかが協業してパンチの効いた会場を作り出している。小生、マンガに疎いので大企業の創業者の精神を20世紀前半の肖像写真から読み解き、しばらく京町屋の空間を楽しませていただいた(入場無料)。

 

f:id:manrayist:20210920170311j:plain

写真はロベール・ドアノーによる1953年のガブリエル・シャネル

f:id:manrayist:20210920170326j:plain

左に飾られたのは、ベレニス・アボットによる1927年のガブリエル・シャネル

f:id:manrayist:20210920170341j:plain

f:id:manrayist:20210920170356j:plain

---

 

f:id:manrayist:20210920170411j:plain

黒蔵

f:id:manrayist:20210920170423j:plain

f:id:manrayist:20210920170434j:plain

黒蔵最奥に展示されているのは、マン・レイが撮った1935年のガブリエル・シャネル(Silver Print Reproduction)。

---

 シャネル所蔵の香水やファッション雑誌に加え肖像写真の展示は他にダグラス・カークランド、ホルンスト・P・ホルストセシル・ビートン、フランク・ホーヴァット、ジャン・モラル合わせて8名で構成されている。

阪急 桂川橋梁

阪急京都本線 桂川橋梁 西京極 ─ 桂

f:id:manrayist:20210919085447j:plain

8:44 桂川下流 桂ゴルフクラブのフェンスなど

f:id:manrayist:20210919085840j:plain

 

f:id:manrayist:20210919085510j:plain

11:58 桂川上流 愛宕山など

---

 

 阪急電車桂川定番車内パチリは愛宕山俯瞰。下り線のマド側が端になり光の状態も良く好都合。この日は朝の上り線のマド側から久世側にカメラを向けた。曇り空で光が邪魔をせず、まずまずの風景かと思う。忙しい毎日ですな、ハハ。

f:id:manrayist:20210919085426j:plain

『セミの抜け殻』 オマージュ長谷川潔-2

f:id:manrayist:20210901083126j:plain

長谷川潔作品集』光村推古書院 2003年刊 26.4×19cm 232pp

---

 長谷川潔に関する資料を読んでいて、プリントアートセンターを創立された魚津章夫(1941-2018)さんの仕事を知った。25歳の1966年に新宿京王百貨店で長谷川作品と出会い魅了されたと云う。20代に人や物とどのように出会うか、わたしも同じような経験を24歳の1976年にしたので、幸せな人生の先輩に共感を持った。

 

 

f:id:manrayist:20210901083151j:plain

左から『種子草』1916年、『短歌雑誌「水甕」第3巻第5号表紙・裏表紙』1916年

---

f:id:manrayist:20210901083233j:plain

左から『金色に踊れる男』1915年、『ダンス』1914年

f:id:manrayist:20210901083307j:plain

左から『ムードンの陸橋』1921年、『ラ・コル村風景』1928年、『ジコンダ古村の礼拝堂』1938年

---

 

f:id:manrayist:20210901083252j:plain

2004年度長谷川幹氏寄贈 長谷川潔原板・銅版画用道具

f:id:manrayist:20210901083320j:plain

コレクションルーム

---

 昨日も合わせての画像を、会場の様子など拙稿の参考にしていただけたら、嬉しい。尚、魚津章夫さんは、横浜美術館長谷川潔遺作管理委員会のメンバーを務められ「8回に及ぶ調査会議で作品の保存状態や、刷りの調子、修正版や技法などの品質の厳密な確認がなされ、すべての版画作品を左記のように分類された。
① 自筆サインの入っている作品
② 修復すべき作品
③ 自筆サインは無いが、完成作品で市場に流通しても品質に問題のない作品
④ 廃棄すべき作品(販売禁止の作品)
⑤ 下絵など版画制作に関する資料

 このうち③については、遺作管理委員会が作製したエンボスマークを刻印した。これによって、日本側に相続された作品からはおそらく将来において問題となる不良品が市場に流出することはないはずである」と説明されている。 

http://uozu.sakura.ne.jp/yokohama002.html

 こうして、マン・レイ作品の国際市場に一喜一憂する小生は、適確なアドバイスをいただいた訳である。ありがとうございました。

『セミの抜け殻』 オマージュ長谷川潔

東京・駒込の画廊「ときの忘れもの」のブログに巨匠・長谷川潔について投稿させていただいた(9月18日掲載)。長谷川ファンの方々には違和感があると思いつつ拙稿を『セミの抜け殻』と題した。これは一般的に縁起の良い、幸せの象徴だそうですのでお許しください。巨匠のマニエル・ノワール作品の魅力を語るには門外漢すぎるので道具に焦点を合わせた感想となっています。もし、お時間ありましたら、読んでいただけたら嬉しい。→ 『セミの抜け殻』at ときの忘れものブログ

 

f:id:manrayist:20210901083646j:plain

長谷川潔著『白昼に神を視る』長谷川仁・竹本忠雄・魚津規夫共編 白水社 1982年刊 24×18.5cm 212pp

---

 

 京都国立近代美術館四階のコレクションルームで『長谷川潔の版画』展が6月24日〜8月29日まで開催された。

f:id:manrayist:20210901083712j:plain

「白狐像」をお祀りする「神祠の内部ではないか」

f:id:manrayist:20210901083724j:plain

長谷川潔使用のビュランなど

f:id:manrayist:20210901083732j:plain

左から『コップに挿したアンコリの花(過去・現在・未来)』1965年、『砂漠の薔薇と海の星』1964年

---

 

f:id:manrayist:20210901083746j:plain

左から『本の上の小鳥 静物画』1967年、『メキシコの鳩 静物画』1966年、『メキシコの魚 静物画』1967年、『コップに挿した種子草』1961年

スクラップブック

f:id:manrayist:20210914172715j:plain

1974年から37年間使ったマルマンのスクラップブック(No.579)を見直したら108冊になった。煩悩の塊ですな。

 

f:id:manrayist:20210914172654j:plain

'84.11-'85.3   1984.12.22のイベント『雪豹宣言』 at 梁画廊 詩人中江俊夫、萩原健次郎、コピーライター今西慧さんなどの写真とチラシを貼り付ける。

---

 

● 銀紙書房の2021年度新刊については、6月に『マン・レイ受容史』のテキスト初稿作業について報告した後、止まってしまった。これは7月から始まったBunkamura ザ・ミュージアムでの『マン・レイと女性たち』展の様子を東京の友人・知人から聞くに連れ『受容史』で言及せねばならないと判断したもので、小生未見の展覧会をネット情報を元に記す訳にもまいらず、来年、実見した後に纏めるべきと判断した結果であります。楽しみにお待ちいただいている皆様には申し訳ないですが、今しばらくご猶予いただけると助かります。来年中には『受容史』の他に、ビンテージプリントの考査や京都日記などを、お知らせ出来ればと思っています。

 

 また、マン・レイの自伝『セルフポートレイト』にあやかり、73歳までには上梓したい不肖マン・レイ狂いの『自分史』準備にかからねばと、スクラップブックを確認しております。これには私信や案内状などの貴重なドキメントを沢山貼り込んでいるので、スキャナーを行いながら、適宜、報告する予定。お楽しみに。

 

f:id:manrayist:20210914172643j:plain

f:id:manrayist:20210914172725j:plain

'84.11-'85.3   1985.1.24のギャラリー16 移転オープニングパーティ。

健康ライド at 嵐山

2021.9.11(土)

f:id:manrayist:20210912084621j:plain

 涼しくなった4時過ぎから松尾橋のサイクリングロードを走る。整備された桂川の20kmコースとしては嵐山に向かうのは逆になるけど、梅津時代にジョギングで走っていたコースなので、懐かしい。良い気持ち── 完走すれば獲得標高17m、初級レベルだそうです。

f:id:manrayist:20210912084633j:plain

f:id:manrayist:20210912084643j:plain

---

 

f:id:manrayist:20210912084655j:plain

f:id:manrayist:20210912084707j:plain

渡月橋

f:id:manrayist:20210912084719j:plain

渡月橋を越え嵐電嵯峨駅のロンドンブックスに立ち寄り帰宅。およそ1時間。

イームズシェルチェア

健康散歩 5,403歩

f:id:manrayist:20210903155002j:plain

住宅街の裏通りにイームズショールーム(?)、ちょっと美術館ではありませんか。── で、パチリ

---

 

f:id:manrayist:20210901202705j:plain

松原通

---

 

f:id:manrayist:20210901202720j:plain

Charles Eames(1907-1978)  アメリカ、セントルイス生まれ。10代から写真に興味を示し、欧州のモダニズム建築の影響を受ける。初期の仕事では木材成型技術を利用、1940年にMOMAで催された『オーガニックデザイン家具コンペ』において「成型合板を使った椅子、棚、机を出品し6部門中2部門で優賞」1948年の『ローコスト・ファニチャー国際コンペ』ではスチール製のシェルチェアを発表している。彫刻作品、添え木、担架、飛行機部品など製品は広範囲にわたっている。レイ・カイザーと再婚し彼の活動拠点は1941年以降ロサンゼルス。解説文には「イームズの考案した新技術や新素材の導入し、良質な家具の大量生産の成功に繋がり、彼らの多方面にわたる活躍は、人々のライフスタイルに多大な影響をおよぼしました」とある。

f:id:manrayist:20210901202734j:plain

---

1950年に誕生したイームズのシェルチェアは、「ガラス繊維で補強したプラスチックで金属よりも軽くて丈夫な上ローコストな素材でした」尚、製造・販売などは世界的な家具メーカー、ハーマン・ミラーが担当している。

f:id:manrayist:20210901202748j:plain

拙宅のイームズシェルチェア