東寺駅

急行橿原神宮前行 8A系(8A103) 4両編成 通勤型電車 近畿車輛製造 8:奈良線、京都線系統 2024年10月投入

特急橿原神宮前行 12400系 汎用特急車両 サニーカー 塗装変更後
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京都駅

あをによし 19200系 汎用特急12200系(新スナックカー)改造 2021年10月投入 大阪-奈良-京都間観光特急「あをによし」専用形式

東寺駅

急行橿原神宮前行 8A系(8A103) 4両編成 通勤型電車 近畿車輛製造 8:奈良線、京都線系統 2024年10月投入

特急橿原神宮前行 12400系 汎用特急車両 サニーカー 塗装変更後
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京都駅

あをによし 19200系 汎用特急12200系(新スナックカー)改造 2021年10月投入 大阪-奈良-京都間観光特急「あをによし」専用形式


グラシア通り
シニア二人の気楽なスペイン旅行報告は、64回にわたってNoteに投稿し9日(日)に終えた。本ブログ「マン・レイと余白で」の方は、Noteより遅れてスタートし、番外編も含めた関係で、最終は昨日12日(水)となった。例年の海外旅行報告の80回強からすると短いが、Noteの仕様でテキストの字数が多く、書く身としてはプレッシャーを感じる連続だった。並行してのブログ更新となった経緯については、6月7日に「ブラウザートラブル」としてまとめている。→ ブラウザー トラブル - マン・レイと余白で
明日から、二ヶ月間の京都の日々からいくつかのトビックを引き出すとともに、毎日のドタバタ、ブラパチの様子をUPしていきたいと思う。やっと新しいiMacにも慣れてきた訳です。上掲のグラシア通りのパチリは、iMacの初期ユーテイリテイ、今後は、これを使うつもり。
さて、昨日言及したツアーの混乱について、補足しておきたい。我々より2日早く羽田から出発したグループは、帰国時のルフトハンザ便が台風6号の影響でキャンセルとなり7グループに別けてのチケット手配になったと聞いた。同台風は飛行機が日本到着予定時刻には愛知県にあったようで、紀伊半島の南端をかすめ関東沖を抜けたのだった。
また、我々と入れ替わっての6月5日(金)出発グループはマドリード観光の6日(金)にローマ教皇レオ14世のマドリード訪問と重なり、さらにサクラダ・ファミリア観光の10日(水)も、教皇のスケジュールと重なってしまった。── 夜、「『イエスの塔』の完成を記念するミサと式典が教会で行われた」と外伝が伝えている。歴史のページに立ち会った興奮はあるだろうけど、募集が6ヶ月以上前から始まるツアー日程を、教皇のスケジュールを事前に把握して決めるなんて、不可能だと思うのですよね。
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西欧各地は熱波に包まれ大変な事になっているようだ、スペイン、フランス、イタリア、ギリシャと大火災が発生、ドイツの渇水も深刻。猛暑による超過死亡者も25,000人を超えていると聞く。原因は偏西風の大蛇行というが…… そして、日本では7月28日夕方、熊本地方でマグニチュード7.1の大地震発生。活動期地球の怒り、鎮まりたまへ。被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。
重大な事件、事故が続く。世界中の戦争・紛争はいつ終わるか見通しがたたない。合掌。

ミュンヘン国際空港(フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港)
12時30分出発 関西国際空港行き ルフトハンザ742便
「朝食はどないしますねん」と聞かれ…… 結果は明日発表です(ハハ)
離陸 12時50分
シャンパンを控えめにしております。
奥様のチョイス 日本料理
前菜: 味噌チキン、野菜のキッシュ、穴子寿司、タコの串焼き、野菜のジュレ
小鉢: タコのスライス、海藻とキュウリのサラダ
麺: そば麺、そばつゆ
主菜: リブアイのすき焼き、玉ねぎ、豆腐、椎茸、ほうれん草、ご飯
吸い物椀: 澄まし汁、クレソン
香の物: きゅうり、大根
わたしのチョイス 洋食
前菜: ルッコラ入りフレッシュチーズ、トマト、トリフ香るアーテチョーククリーム、トマト、アボガド、燻製マス、サワークリーム、リンゴと玉ねぎ、チャイプ
主菜: 牛ヒレ肉、コニャックのペッパーソース、インゲン、ローズマリーポテト
デザート:
黒海を横切る、遥か彼方にウクライナ。
暗黒に光、窓に顔を近づける、パチリは無理ですな。機内で、ヨハン・シュトラウス2世のポルカを聴く。── 映画よりこちらが良いか、演奏は凡そ1時間。日本までは、あと3時間…… 時計を直しますか 21:12 → 04:12

上掲の眺望を後日FlightAwareとGoogleMapで確認すると、サン=トロペとマルセイユ間にあるポール=クロ国立公園のイエール諸島、ルヴァン島かと思った。おフランス、降りたいですな、サン=トロペでマン・レイを偲び、南仏ワイン 白になっちゃうかしら……
バルセロナ=エル・プラット国際空港
ミユンヘン行きルフトハンザ1819便 出発7時55分
イベリア航空は世界最古1927年設立のスペインにおけるフラッグキャリア。上掲の機体名は「Río Frío」同社のA320系の名称には自然公園や名所がつけられているらしい、Río Frío(冷たい川)は、一般的な川名。特定するのはできるのかしら……
海側の席だったので、サクラダ・ファミリアの尖塔を確認すること叶わず、バルセロナを後にした。
ミュンヘン国際空港(フランツ・ヨーゼフ・シュトラウス空港)
9時44分着陸、飛行時間1時間39分
5月29日と同じようにミュンヘンビールのシュパーテン

連泊したホテル、メリア・バルセロナ・サリアのエレベーターシステムは、カードを読み取らせると使用エレベーターの識別(A・B・C・D)が表示され、乗り込む仕組み。階数や上下表示がないので、最初は戸惑った。セキュリテイーからすると最新タイプなんだろう。館内をブラパチ出来ない時代になりました。
さて、帰国の朝となった。5時集合の10分前に皆様ロビーにお集まり。チャックアウトをされる方も…… わたしは、ガウディーの名を冠した書籍を手に取った。その中にはサルバドール・ダリのテキスト「モダン・スタイル建築の恐ろしく食欲をそそる美について」をマン・レイが撮ったカサ・ミラの写真で飾った雑誌『ミノトール』3-4号(1933年12月刊)が紹介されていた。急いで頁パチリをしちゃいましたね。
マン・レイが見上げ撮ったのはプロベンサ通り側のファサードだろうか。写真のキャプションには「海の化石となった波…… そして、鍛鉄でできた泡」とある。
マン・レイの評伝によると、
ダリは『ミノタウロス』の編集長ポール・エリュアールに依頼されて、バルセロナの「近代様式の」建築について記事を書くことになっていたのだが、エリュアールとデュシャンが、マン・レイこそその記事に添える写真を撮影するおあつらえむきの人物だとダリ(最初は当然、自分で写真を撮るつもりでいた)にすすめたのである。五人はカダケスで落ちあい、そのあとすぐにバルセロナへ行って短い休暇を過ごし、写真を撮影した。そして、それがすむと、大急ぎでパリにもどった。1933年9月半ばのことである。ダリの的を得た言葉を借りれば、マン・レイの「ぞっとするほど美しい」写真は、12月中につづけて発売された『ミノタウロス』の第3号と第4号に掲載された。
こちらでは、バスの時計を信じちゃいけません(笑)
ラウンジでカヴァ、一息つきました。
モコ美術館(Moco Museum Barcelona、Carrer de Montcada, 25, Ciutat Vella, 08003 Barcelona, Spain)は、アムステルダムにある同名の美術館の分館で、2021年開館。バンクシー、バスキア、ウォーホル、草間彌生などの現代美術を展示。デジタルアートで人気と聞く。
ミュンヘン行きルフトハンザ1819便 出発7時55分

18時にホテルへ戻り休息の後、皆様とそろって夕食に出かける。こちらでは20時スタート、美味しいコース料理が提供されるという。楽しみ。
光は穏やかになり、バスはタラゴナ通りを南へ、突然、車窓からジョアン・ミロの彫刻《女と鳥》を見上げる。高さ22m。パチリは間に合った。ミロの美術館にも行きたかったが、観光は今日で終わり。楽しい思い出が参加者それぞれに残されたのは間違いない。圧巻のサクラダ・フアミリア、ユダヤ人街の散策、どのように旅行の報告をしようかと考える。ここまでで凡そ1,800パチリ、良い写真があると良いのだけど。
スペイン広場を超え、マジカ噴水手前で左折。なんと高級なインターコンチネンタル・バルセロナではありませんか。期待しちゃいますね。
RESTAURANT
QUIRAT
MICHELIN 2026 ★
Quiratでは、食材が持つ純粋さと本質を捉え、唯一無二の食体験をお届けします。厳選された極上の食材を使い、その土地の自然の特性を尊重した私たちのオートキュイジーヌ(高級料理)は、風景とお客様の五感とのつながりを創出し、その体験をより高みへと導きます。
ビクトル・トーレスが率い、その卓越した手腕に導かれる私たちのチームは、大地がもたらす一つひとつの産品が持つ繊細さと気品を余すところなく引き出すことに情熱を注ぐ、食のスペシャリストたちで構成されています。
InterContinental Barcelona by IHG
Av. de Rius i Taulet, 1-3, Sants-Montjuïc, 08004 Barcelona, Spain
★★★★★

サクラダ・ファミリアの内部に入った。構造と規模は、五身廊、三袖廊、ラテン十字平面バジリカ形式。中央身廊部と後陣部を含め全幅45m、身廊部全幅45m、袖廊全幅30m、天井までの高さ60m。ガイドブックには「樹木のように枝分かれした柱は構造上の利点があるだけでなく、ガウディは信者が神との一体化を体験できるような空間を造ろうとした」とある。
わたしは「光」に包まれた。色彩を持った「光」。ステンドグラスによって着色されたのではなく、反射した色を意識するのでもなく、原始の状態で分離した色がそのまま届き、聖堂を満たす。美しい青、美しい赤、美しい黄。グラデーションが無限に折り重なっている。この体験は「神との一体化」と形容して良いと思う。ありがとう。
ガウディは以下のように語り、ステンドグラスの色と太陽高度を計算し、時間帯ごとに光の質が変わるようにしたという。
芸術作品の本質的な性質は調和である。造形作品においては、それは光から生まれる。光は、際立たせ、装飾する。私はラテン語の décor という言葉は光を意味する、あるいは光に由来し、光と深く関係するものだと思う。それは明晰さを表現するものである。
サクラダ・ファミリアの内部構造を画像で紹介したいと思ったが、まったくもって難しい。凡夫は天井を見上げ歩き廻ったSONYとiPhoneのパチリ順にアップする。お許し願いたい。
「栄光のファサード」に取り付けられる予定の青銅の扉には、聖書の言葉がさまざまな言葉で刻まれている。日本語ではスラムダンクやバカボンドで知られる漫画家・井上雄彦が「われらの父」と記した。サクラダ・ファミリアが完成されたあかつきには主の祈りに導かれ、わたしたちも入場するのだろうな。シニア二人組は想像しながらパチリ。
わたしも「天にましますわれらの父よ」と幼い日に手を合わせ眼を閉じました、幼稚園児だったけど……
完成したサクラダ・ファミリアは巨大な鐘楼となって神の祈りをバルセロナの街中に響き渡らせ、入場した人びとを「光」とともに、「音」で包むだろう。 ── が、間に合いません。
帰国して彼の評伝を読んでいる。
ガウディが生涯を捧げたサクラダ・ファミリア(聖家族贖罪聖堂)で、世界遺産認定されたのは、彼が直接関わった地下聖堂と、誕生のファサードのみと聞く(2026年6月時点)。構造体に肉付けする装飾彫刻群の模型をガウディは準備したが、没後10年のスペイン内戦下に破壊されてしまう。彼の弟子、孫弟子によって師匠の構想が具体化され、壁に組み上げられたものをわたしたちは観たのだった。聖書の場面が血の流れるように精緻に解釈されている。
1953年に福岡で生まれた外尾悦郎は、京都市立芸術大学美術学部彫刻科を卒業し25歳でバルセロナに渡り、サクラダ・ファミリアの彫刻に携わった。石が彫りたいという天命に導かれ、以来、48年の長きに渡りガウディの意思を形にし、今ではサグラダ・ファミリア主任彫刻家の任にあたっている。外尾は日本人の言葉で天使たちの姿を伝えてくれる。彼の言葉に耳を傾けたい……
ハープを奏でる天使像を完成させる前、一つだけ建築家の意見に逆らったことがありました。弦をつけるかということです。七代目の主任建築家になっていたフランセスク・カルドネールさんは、つけるべきだと伺いました。プーチさんもボネットさんも同意見でした。しかし、私は反対でした。それは、見る人が心の中でつけてほしいと考えていたからです。
地上10mのところに設置する高さ3mのハープ。そこにつける弦は、直径10〜15mmほどの金属棒にならざるを得ません。それで遠くから見たときには細い弦に見えますが、集中して見ているうちに、太い金属であることがはっきりと分かってしまうでしょう。そのとき、ハープの、あの艷やかで優しい音を自然に想像することができるでしょうか。私は、物としか見えなくなってしまう気がします。それよりも、見る人が彫刻の世界にすっと引き込まれた瞬間に、心の繊細な共鳴箱がポーンと鳴る。そのとき天使の指先に、あるはずのない弦が見える。それを作品にしたいと考えていました。
サクラダ・ファミリアでは、その精神が彫刻によってしっかりと表現されています。誕生したばかりのイエスを抱き上げようとしているマリア、それを見守っているヨセフ。また主祭壇の彫刻では、少年イエスがヨセフの前に立ち、手にキスをしている(それをマリアが見守っている)。ここまでヨセフを大事にしている教会は、世界的に見ても例がないと思います。簡単な言い方をすれば、サグラダ・ファミリアは、お父さんの愛情も強く表情している教会です。
生誕のファサードの彫刻は、ガウディの指示のもと複数の彫刻家が分担して制作。その中核を担った彫刻家として外尾の他に、リョレンス・マタマラやジャウメ・ブスケッツなどが挙げられる。

カサ・ミラから1.4km北東、またまた、ミニバスのお世話になってスペイン旅行のハイライト、サクラダ・ファミリに到着。周辺は来訪されるローマ教皇、レオ14世の準備も重なり騒然。小生も見上げてのパチリを躊躇しております。
パチリ・スポット、ガウディ広場の池は進入禁止。マリナ通り側で時間調整。
今年、2026年はアントニオ・ガウディが亡くなって100年となるメモリアル・イヤー。6月7日に市電に撥ねられ、10日に他界。私たちは6月3日に彼が生涯を捧げた未完の聖堂サクラダ・ファミリアの前に居る。数年前からシニア二人組はスペイン旅行を計画したが、今年には「イエスの塔」が完成すると聞きツアーに参加したのだった。
見上げる塔の頂上部に置かれた立体十字架。CNNニュースによると「ドイツで製造されたコンクリートとステンレス製プレハブ部品14点を組み合わせた」もので、2月に設置され、世界でもっとも高い塔となった。構造部以外の工事が残っているが、6月10日に盛儀ミサと式典を行うという。
1882年に着工されたネオ・ゴシック様式の教会堂を受け継ぎ、二代目設計者となったアントニ・ガウディの生涯がサクラダ・ファミリア(聖家族贖罪教会)に捧げられ、現在も工事が進められているのは良く知られているが、浅学のわたしには、アプローチの仕方が分からない。見落としの迷宮を彷徨うみたいで、noteに紹介することにたじろぎつつも、2026年2月20日に据え付けられ、外見が完成したばかりの「イエスの塔」を見上げる。── イエスの塔(172.5m)と聖母マリアの塔(138m)を囲む福音史家の塔4本(135m)と12使徒の塔12本(107〜120m、内4本は未完)。尋常ではありません……
聖堂全体の完成は、まだまだ先、栄光のファサード、洗礼堂、正面のアプローチなどなど、まだまだ続く。完成までに◯百年かかったと伝聞する教会は欧州に多い、サクラダ・ファミリの完成を見届ける、子、孫の世代に期待したい。
ときの忘れもののブログで「ガウディの街バルセロナ」を2022年から連載されている丹下敏明さんは、1926年の絵葉書も紹介した7月16日の投稿を以下のように始められている。
ガウディ没後100周年
今年はちょうどガウディ没後100周年ということもあり、バルセロナではさまざまな動きがある。
日本で最も報道されたのはサグラダ・ファミリアのニュースだろう。完成した一番高い「イエスの塔」の奉納式に合わせてミサが開かれた。もっとも、教皇はこのミサの前にマドリードでもミサを行い、バルセロナの後はカナリア諸島にも飛んでいる。サグラダ・ファミリアのイエスの塔奉納のためだけにスペインに来たわけではないが、一番注目を集めた(視聴率を上げた)のは、間違いなくバルセロナでのサグラダ・ファミリアでのミサだったのだろう。このとき巷では、教皇がこれを機会にガウディを「列福(れっぷく)」するのではないかという噂が流れていた。列福、つまりガウディを聖人の一人(福者)に加えるという手続きのことだが、なぜかその話は立ち消えになってしまった。
今年は“ガウディ・イヤー”とされており、没後100周年に合わせた記念儀式として、イエスの塔の完成と教皇のミサが行われた形だ。これによりガウディへの関心はさらに高まり、観光客がまた押し寄せるようになっている。しかも、今年はUIA(国際建築家連合)の大会がバルセロナで開かれることもあり、市役所は今年を“建築イヤー”と命名。建築家協会などもこれに合わせてさまざまな建築イベントを開催している。
また、丹下さんは、「サクラダ・ファミリ」を取り巻く昨今の世相について以下の警告も著書でされている……
ガウディが31歳という若さで引き受け、以後没年までの43年間建設に関わった教会。現在、建設現場にもかかわらずバルセロナ市内で最も観光客を集める名所になってしまった。しかも、贖罪の教会という意図にもかかわらず、宗教とは関係のない、ともすればコマーシャリズムにのった不思議な人気に支持され、全世界に知られることになってしまった。
生誕のファサードを見上げながら、石の色にもさまざまあると思った。100年経過すれば合点。日本人彫刻家、外尾悦郎の仕事を目でおった。
生誕のファサード
受難のファサード
受難のファサードの彫刻群はカタルーニャ出身のジョセップ・マリア・スビラクスが1980年代に委託され制作。解釈と評価は様々あれど、外尾悦郎はガウディのデザインを「まったく無視し、自分で考えたデザインに変えてしまった」(前掲書 288頁)と抗議している。
明日は聖堂内部へ入りたい。

グエル公園からグランシア通りへミニバスで移動。19世紀後半、港街・バルセロナの近代化の象徴となった通りは、カタルーニャ広場(標高35m)から凡そ1.3kmをなだらかに昇る。道幅60m。勾配は神戸の印象に近い。ガウディがリフォームしたことで知られるカサ・バトリョを通りを挟んで観賞。隣接して老舗のチョコレート・アマトリェールがあるはずなのだが、60m先では、わかりようがない。
カサ・バトリョ
上掲はトレドで求めたアマトリェールのチョコレート リーフ70%カカオ缶。連日の酷暑で持って帰ったら悲惨な状態でした(涙)。それにしても、絵柄はチェコのアルフォンス・ミシャ、京都人が舞妓さん柄で尻込みするのと同じ感覚なのかしら。
1877年に建てられた住宅のリフォームを依頼され1904年〜1906年にかけてガウディが手掛けたバトリョ邸のテーマは「海」。ガイドブックには「外壁に埋め込まれた色とりどりのガラスモザイクは、海面に光が乱反射しているかのように輝く。建物の正面が海面とすれば、内部は海面の下、つまり海底や海底洞窟が建築化されている」とある。さらに詳しく言及した本から引用すれば……
通りに面する東側のファサードを縁取る、あたかも甲殻類の皮膚を思わせる屋根、四本腕の十字架を頂く球根状の量塊、そしてガラスモザイクと円形陶板の色彩が穏やかに波打つ壁面が印象的だ。ダリが、朝日を受けるファサードを、「湖面の螺鈿のようだ」と語ったように。
ここでは、既存建築が依拠していた古典的な規範を、完膚なきまでにガウディらしい建築へと変貌させたのである。
入江は内部についてガウディの取り組みを紹介し「空間にこそ力をおいて自らの才能を注いでいることに思い致すだろう」としている。ほんと、館内見学、したいですな。せめて、通りを横断し覗き込んでみたい。
公式HP
カサ・ミラ
500m離れたカサ・ミラへもミニ・バス移動。通行規制で回り道、距離感が狂う。幸いこちらは建物正面で降車したので、息遣いを感じることができた。大切なんですよ。ガイド氏が「正面の玄関口が大きいのは車を入れるためなんです、100年前にガレージ付きの集合住宅を設計しているのだから、ガウディは進歩的ですね」
こちらは、ガウディの設計によって1906年〜1912年に建てられた集合住宅。独特の形状からLa Pedrera (ラ・パドレラ 石切り場)とも呼ばれる。先のガイドブックにテーマは「山」とあり「徹底的に直線を排除し、ゆがんだ曲線を主調とする建物。屋上の煙突は、山の尾根から突き出た峰々をあらわしている」とある。さらに詳しい言及は……
《カザ・ミラ》の量魂、そのファサードの彫りの深い壁面に、荒々しい鍛鉄の造形がバルコニーの手摺を形づくり、岩床に絡みつく海藻のようだ。壁面は各階層のあたりで大きく波打ち、繰り返し連続する局面を波頭が鋭く切り分ける。さらに小さな水泡は柱頭を形づくり、軒蛇腹へと至る。
スターウォーズの帝国軍兵士を連想しますな…… 建物の最上階に聖母マリアの祈りアヴェ・マリア ── Ave gratia M plena Dominus tecum 「めでたし、恵みに満ちたマリアよ、主はあなたとともに」が、単語を区切りグラシア通り側から(「Ave」「Gratia」)、「M」からプロベンサ通り側に続き (「Plena」「Dominus」「Tecum」)。人びとは、見上げ一語で全てを理解するだろう。
鍛鉄というのは「炭素が少ない鉄を熱して叩き、曲げて成形した」ものだそうだが、上掲の手摺はガウディの協力者、ジュゼップ・マリア・ジュジョール・イ・ギベールによるリサイクル素材を用いた造形。すごい。海藻に見えるから、海底にいると錯覚、眩しい。
公式HP
ハイソな高級マンションを内覧させていただきたい気持ち。── 中庭から見上げたらどんな空間になっているんだろう。
それにしても、前日のグエル邸といい、このカサ・バトリョ、カサ・ミラといい、充実したHPを用意して鑑賞者の利便に供している。無駄のない観覧に日時、時間の事前予約で対応する各世界遺産の対応。オーバーツーリズムへの抗議デモが繰り返される中、携帯電話を持たない小生にはつらいですな。HPでのバーチャル見学、それも良いかと、涙ぐむ。
★ カサ・ミラのパチリをモノクロに変換、反転もしてみた。


13時、3台のミニバスに分乗し郊外の「禿山」に向かう。ドライバー氏は日本語を勉強中で明るいお人柄。車のルートを理解できないがパームツリーの並木があったりして南国情緒、標高は200m程だろうか。凡そ20分で到着。
駐車場側から公園に入場。道なりの球体オブジェが良い感じ。
設計は友人のフランセスク・バランゲール。モデルハウスをガウディが買いとり、1905年〜1925年まで住んだとされる。
高台から見下ろす完成した「イエスの塔」、後の観賞に期待が膨らむ。
ベンチの長さは凡そ110m、座りやすい腰上の膨らみ、排水も考慮。眺望もよろしい。
列柱ホールの上が、ねじれたベンチが続く中央テラスで、雨水貯からの排水口の役割をドラゴンが務めているらしい。このドラゴンを写真で見たのは1980年頃だったか、友人や細江英公のモノクロのイメージが強く、今回、カラフルなトカゲ君に微笑んでしまった。明るく色彩が反射しているのよね。
グエル公園は、ガウディを擁護した実業家で文化人のエウセビオ・グエル(1846-1918)がイギリスの田園都市構想をカタルーニュに実現させようと、バルセロナ郊外の丘陸斜面地に60戸の分譲住宅と市場を兼ねたコミュニティ広場、教会、管理棟などからなる都市と自然との共存地の設計をガウディに依頼したものだった。正面階段のユートピア感は100年以上経った現在も堂々と夢さそう。1900年〜1914年まで工事は進められた。
環境と人間に配慮した設計は、先人の遺産として残された。しかし、現実の田園理想郷の方は、3戸が売れたにすぎなかった。手狭になったバルセロナ中心部から、理想郷の方に「人」を移動させるには、あまりに遠く、勾配もきつく、富裕層にしても別荘地としての価値しか見いだせなかったのかもしれない。第一次世界大戦勃発となれば、万事休す。
わたしも、ミニバスで運んでもらったが、見晴らしと生活は相容れないと実感したのだった。
ところで、マン・レイは1933年に同地を訪れ、中央階段のドラゴンや列柱などを写真に残している。ポンピドゥーセンターのコレクションで確認した。
旅行前の5月、パリの古書店にこれらを含むオリジナルプリント4点他がセット価格22,500€(邦貨換算420万)で目録に掲載されているのを知った。引退したコレクターも夢を見てしまう。それにしても、グエル公園を観光するのが分かっているタイミングで売り物が登場するとは、不思議ではないか。マン・レイが構えた同じアングル ──という訳にはまいりません。

ラ・チナタを出て、同じルートをランプラス通りへ戻るとき、本屋に気づいた。店内は広そう、マン・レイあるかしら……
La Central del Raval
Carrer d'Elisabets, 6, Ciutat Vella, 08001 Barcelona, Spain
10:00〜21:00
早速、美術書のコーナーを尋ね、マン・レイを探す。赤い表紙のカタログが出てきましたね。『マン・レイ: 光の巨匠』展カタログ タイプ原稿やキキのデッサンなどの図版が面白く、レイアウトもしっかりしている。 そのままレジまで持って行ってしまった。バルセロナ観光の記念に結びつくマン・レイ、欲しかったのですよ。
店内にソフィアで見たポスターが掛けられている。売り物か尋ねるべきかもしれないが我慢。旅先で長い巻物はご法度、それに、時間がタイト。ここは地元で人気のカフェを併設した書店、ネット情報によるともとは18世紀の礼拝堂、中庭でゆっくり購入した本を広げられる環境らしい(しておりません)。
[後日] 楽しく日本まで持ち帰りましたが、架蔵していたことに気づきました(アチャー)。老人力MAXですな。
ボケリア市場
有名シェフ御用達のサン・ジュセップ市場(愛称: ボケリア)、創設1836年 入口から覗いて回れ右、時間がありません。
旧ユダヤ人街へ入る目印。信号を渡りカレー・ダ・ラ・ボケリアを突き当たり、左折、カリェル・デルス・バニス・ノウスに入って直ぐの古書店が、わたしにとって旅行第一の店なのです。
グーグル・マップで観光地の書店を探し、丹念に店内画像を凝視。すると、絵葉書を扱っているか分かるのですよ。偶然にまかせていますが、ストリートビューで(歩いたつもり)左右のウインドゥーを確認する場合もあり。とはいえ、眼に悪いですな。下掲のリブレリア・ロデスには、期待しました。もし、絵葉書があれば、30分以上絵葉書探すことになるから、時間が欲しい。
LLIBRERIA RODÉS
Carrer dels Banys Nous, 8, Ciutat Vella 08002 Barcelona, Spain
10:00〜19:30
熱心な先客を待って、箱を探すが女性好みの可愛い子供やお花など、「バルセロナの街の絵葉書ないですか」と尋ねると、店主は奥から一箱抱えて戻られた。どれも100年以上経ったオリジナル、10枚程選んだろうか…… 「ガウディないですか」と続けると、額装した貴重品を2点、眼の前に…… でも絵柄がもうひとつ。裏返すと1枚 60€「ゲゲ」邦貨換算12,000円じゃありませんか。記念の買い物でも絵柄によりますな、冷静になって4枚のみ買わせていただいた。「店内のパチリしても良いですか」と依頼すると「ダメダメ」。店頭に撮影禁止のサインが出ていましたね。棚にはトリスタン・ツァラの詩集もあったから、時間があれば掘り出し物がと期待するけど、高額品は日本で吟味しながら、注文ポチリが適正。興奮はいけません (ハハ) 。
ネット情報ではネコちゃんがいましたが、今日は不在のようです。
ミロのモザイク画に戻って、あと30分、時間が許すまで歩きたい。近くのガウディ初期の代表作「グエル邸」(1886年〜88年建設)の外観だけでもと歩く。
グエル邸
建築好き、家具好きの我々は、空間を拝見したい。── したいですね。道路工事で騒がしいランプラス通りを、急いでカタルーニャ広場の百貨店まで戻り、地階で昼食の惣菜を求めタクシーでホテルに戻る。計画どおり12:30の帰着。午後はガウディ三昧になるだろう。
ビールじゃなくて、コーラです。

「わたしの方が上手でしょ!」と奥様。
iPhone-17とSONY RX100VIIの勝負は、前者に軍配。情けない。

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チケット 9時入場 22.00€
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iPhone by J.J.