
中西夏之展では、作家が1960年代前半に友人の高松次郎、赤瀬川原平と結成し、和泉達、力根康尚、小杉武久らも参加した「ハイレッドセンター」関連の一次資料に吸い寄せられた。特に❗が良いのです。 ── 「ハイレッド通信」3号、好きですね。
また、1962年10月19日に実行された「山手線のフェスティバル」案内状に焼け焦がしがあるのに、唸った。アジ文も時代を現し秀悦、2026年でも、こんなの造りたいと、撮り鉄の小生は思うのですな。
伝説のパフォーマンスにリアリティが宿る。恐るべしエフェメラ、欲しい欲しい。マン・レイ以外は我慢しております。







中西夏之展で展示されたエフェメラのうち56点は、同氏の母校(1958年卒)である東京藝術大学未来創造継承センター所蔵。尚、1996年〜2003年まで美術学部絵画科油画専攻教授を務められた。詳しくは ↓