「写真の都」物語 24 ── もう一つの写真記録

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名古屋市美術館2階 出口から俯瞰、右: 石原輝雄、Sigiura Yoji「名古屋10.21」他、正面:名古屋女子大学「郡上」、右:全日「この地上にわれわれの国はない」

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 今展では、会期中にも調査が進み新たに展示されたものも多かった。1970年前後の学生写真運動のセクションでは、高齢になったとはいえ、その時代の青春に今もって忠実な写真青年も多く、「こんなのもありますよ、これは展示して欲しい」などと、さまざまな要望、昔話が寄せられたと聞いた。開催時には散漫な印象を与えた最終コーナーも、強化(特に展示ケース)され、当事者として嬉しい気持ちとなった。

 高校生だった筆者には、集団撮影行動に際して準備されたパンフや詳細な地図、資料などの存在が新鮮だった。当時、マイネ・クライネで手にしたかもしれないが、記憶がはっきりしない。『大須』撮影の時に作れば良かったかもしれないが、「目撃者としての視点」がある方向へと変形される危惧を、やはり、感じるのだった。

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 ケースに入った「通信広島491 第1号」など関連資料を読んだ。「8.3集会: 8.6をどうするか」当時の熱気といえば、その通りなのだが、日程表にある「各自資料を読み広島へ向かう視点を形成」から始まって写真集作成へとまとめ上げようとする方向が、「なんだろう」と思う。違うとする意見もあるが「個人でやるのではなく、上級生がシナリオを書いて、みんなで撮る」世に出た写真集『ヒロシマ 広島 hirou-sime』(eが逆)にいだいた、よそよそしい距離感がぬぐいされないままなのである。

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 最終解説会では「部外者が同窓会に紛れ込んだようですが」と広島大学OBのHさんも穏やかに発言された。氏の大学でも写真集発行が計画され下版まで準備が進んでいたという。その氏が現在、「もう一つの写真記録」という活動をされている。東写美で催された『日本写真の1968』展(2013)が契機となって、「その存在を知られず、埋もれている写真群」(全国の大学写真部の学生、OB・OGが生み出した)を「保存して未来に残すアーカイヴス」だという。↓

 Hさんたちが記録した写真群は上記サイト内の「広大8.17-18」に表示された画像をクリックすると頁を捲ることができます(3/29にホームページ・リニュアールに気付きました)。↓

 また、「もう一つの写真記録」によると、1994年に実践女子大写真部の集団撮影行動『足尾』(1969-71撮影・発行部数200)と、2018年に立教大写真部<いわき>集団撮影参加者による写真集『いわき1974-76』(発行部数150)が刊行されている。2016年の『郡上』も含めこの動きは大きなうねりとなって、全国に広がるのではないだろうか。

 

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  会場出口脇の一室で写真集の頁がテレビモニター上で開かれていく。ショーケースには「状況1965」「状況1966」「10.21とはなにか」「'69 11/13-17 佐ト訪米阻止斗争」「この地上にわれわれの国はない」などの、491が発行した写真集が並べられている。いずれもが、異常に高騰した古書価格、今の時代に新たな問題提起をしているのか、単なる投機目的なのか、判らない。