12日(月) コンタレッソ礼拝堂のカラヴァッジョ絵画

サン・ルィジ・デイ・フランチェージ教会内のコンタレッリ礼拝堂にカラバッジョの3作品が飾られている。この礼拝堂は彼の生活圏に位置し、縄張りに価したという。コンスタンティーノ・ドラッツィオ著、上原真弓訳の『カラヴァッジョの秘密』(河出書房新社、2017)によると、── 礼拝堂の守護聖人・マタイに捧げる宗教画に要求されたのは「多数の人物像で、そのいずれも、異なる表情を持ち、場面の中ではっきりした役割を持たなければならない」という。「聖職者以外は皆、礼拝堂の外から横向きに鑑賞することになる」「自然光との関係性」「配置される場所によって光の指し方は変わる」「カトリック教会の目的は、すぐにそれと分かるよく知られた宗教的エピソードの描写を通して、人々を改宗に導くことである」「コンタレッリ枢機卿は、聖マタイが息を引きとる瞬間を描くようにはっきりと要請していた。当時の聖職者は信者を背にして祭壇を向きながらミサを捧げていたが、そのミサを聖マタイが挙げている最中に背後から襲われたあとの最後の瞬間である」「カラヴァッジョは、マタイが血も涙もない収税人から忠実な使徒へと返還していく瞬間を表現する」「この絵は、まさに、召命の意味についての個人的省察典礼文化の集大成なのである」

 二点のカンヴァス画『聖マタイと天使』の位置には彫刻が置かれたが、誰からも気に入られなかったので、二年後に依頼されカラバッジョが描くのだが、「過度なリアリズムで、キリストの使徒をペンも使えない無知な農夫の姿に変えてしまった」拒否され祭壇から降ろされ、あるコレクションに収まったのち、ベルリンに渡り第二次世界大戦中に破壊される。続いて描かれた『聖マタイと天使』「天使の霊感を受けてマタイがペンを走らせるという奇跡を実に知的に置き換えている」そして、「聖マタイが膝をもたせかけた椅子は、今にも画面のこちら側に転げ落ちてきそうだ」

 「当時の絵画の伝統的基準を守りながら注文主の期待に応えた他の画家たちの作品と、カラヴァッジョ」は初めて、直接的に比較される状況下に置かれるのである。彼らは、ラファエッロに依拠して建築的空間を作り上げ、ミケランジェロの色彩で登場人物の衣服を彩り、レオナルドの感情表現を人物に与えていた」── 長い引用となってしまった。感謝申し上げる。

 

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 凝視していると照明が消えた。作品保護の為かと思ったが点灯には1ユーロコインが必要と知る。どなたかが投入されていた訳で、小生、施しを受けた感覚、右手前のサインには「お静かに」とフランス語表記。カラヴァッジョの絵画を語りたくなっていたのですが ── 礼拝堂が狭い為に観者の視点は斜め方向、絵画へのアプローチは間違いなのですな、「汚れた我が心」をお救い願いたい。1ユーロの光が神の声を遠ざける、画家はアンバランスな採光を残しながらドラマを語ろうとしたのではないか、と思ったものの、バロックの過剰表現は苦手だと告白しておきたい。