稲垣足穂が引き合わせた事柄


車内で読んでいたのは『シュルレアリスム美術を語るために』集中出来るのよ。

白川の水量が多い、右の木立からのぞく民家は蕎麦・枡富。
怒濤の一日だった。空模様が悪いのでバスで岡崎へ、京都市美術館は明日が最終の「フェルメールからのラブレター展」の行列で混乱が続いている。山崎書店で拙著『三條廣道辺り』を前に雑誌『青樹』を見たことがあるとの話しから話題は臼井喜之介の蔵書の顛末に及んで、貴重資料のハラハラと消え入る様が目に浮かんだ。老いの整理に掛かっている者として心が滅入る。岡崎へ出掛けたのは府立図書館に用事があった訳だが、今日は扉野良人(トビラノラビット)氏と待ち合わせて「お茶をしましょう、『三條廣道辺り』の話題でも」との願ってもないお誘い。調べもののあった氏と気楽な本好きは、白川沿いに古川町を下がって喫茶六花へ、裏庭前の採光の良い席で美味しい珈琲をいただく。『ボマルツォのどんぐり』(晶文社)の著者でもある氏の、モダニズムを中心とした関心領域の拡がりに、マン・レイ一筋のわたしなど、ご教示いただく事柄ばかり---ゆまに書房の詩誌復刊シリーズは期待するな。『sumus』同人と云う名うて古本好きで、かつ注目の雑誌『Donogo-o-Tonka ドノゴトンカ』の編集同人であるのだから、なるほどと思った。
 
Books & Things の開店カード、主に海外で出版されたアート、写真、建築---に関する本や雑誌、オリジナル・プリント、ポスターなどを扱うとある。

大和大路に出された看板、英語表記に外人も訪れると聞いた。
別れ際、写真集を扱う新しい古書店が出来たと教えられ、大和大路の骨董店が並ぶ一角の路地を入った京町屋に案内される。名店柳孝とSHINYAの間に黒看板で横文字 Books & Things、格子から覗くと写真集がずらり、電球の光が写真集の背をキラキラと輝かせている。玄関間のあつらえも洒落ていて入店前から虜にされた。この店は靴を脱いで上がるスタイル、イケメン店主の顔に見覚えが---昔、大阪の画廊でお会いした記憶、名刺交換して思い出す名前、20年ぶりに京都へ戻ってこられたとの事、コレクターの蔵書が商品として棚に並んでいる様子。ここの品揃えは素晴らしい、あまりに素晴らしいので背表紙を眺めだけでお腹が一杯になった。雑誌の取材があった関係でファッション関係の写真集を表の間に飾っているが、様子をみながら変えていくという。なにしろ開店して一ヶ月だというから、新鮮度抜群、面だしの一冊に状態の良いマン・レイの『肖像集』(1963)があるのだから嬉しい。丁度、午前中に部屋の整理をしていた時に出て来た写真集フェアー(1997年1月)のリスト100冊が並んでいる感じ、ブレッソン、ラルティーグ、ウィージー、ケルテス、ウエストン----写真史のすべてがそろっている。メープルソープの作品集など触手が動く、価格は妥当と思うし状態の良いのがなにより、バックヤードも豊富と聞いた。マン・レイの紙モノがないかな---。
 

こんな空間が欲しい。

中央の棚にはマン・レイの『肖像集』(1963)


床の間のオリジナル・プリントはアーロン・シスキンド、書棚の右にはマグリットのような帽子

白川を川端まで出ると水量はますます多い。
さて、扉野氏から稲垣足穂の遺愛品受入の集まりに誘われ一端帰宅した後、再度出掛け四条富小路下ルの徳正寺へ---奈良県大和郡山市の喜多ギャラリーで開催されていた「稲垣足穂展--資料とイメージのフラグメント」(前記6月26日〜7月31日、後記8月17日〜9月30日)の折に白いボックスに納めらて展示された遺愛品6点(色鉛筆、クレヨン、鼻眼鏡、印章など)のお輿入れと云う。この為に信州から上洛された古多仁昴志氏と初めてお会いする(氏は『三條廣道辺り』の読者でもある)。お聞きするとわたしと同年代で対象は異なるものの足穂一筋に愛し続けて40年、いゃー恐れ入りました。足穂との出会いを語ってくださり自分をコレクターと思った事はないとする気持ち判るな。今宵の立会人は扉野氏ご一家と古多仁氏、それに喜多洋子、溝渕眞一郎と飛び入りのわたし。ちょっと写真も撮らせていただいた。

遺愛品が到着するまで歓談。「どうしてマン・レイを」との問いが古多仁氏の最初だった。


足穂愛用のゴム印章、イソギンチャクを覗く。

足穂が京都に移ってから購入したと云う鼻眼鏡

その後、東華菜館へ移動しての小宴---雨が降り出してきた。4階に上がると祇園町は暗がりの中、円卓を囲んでの興味ある話しに箸は置いたままで、ビールも紹興酒も少々。喜多ギャラリーの溝渕氏から先のマン・レイ展や祇園石段下にあったサードフロアーギャラリー、そしてヨシダミノルとキッチン・タローの話題まで飛び出して、人の繋がりの不思議さに驚いた。そして、ここからが興奮・怒濤の頂点となるのだが、喜多氏から見せていただいた展覧会の会場写真に、プロペラ(横淵氏作品)と超横長の紙に白いキャタピラ状のデッサン、解説によると足穂初版本144点の書背をフロッタージュしたと云う。本は年代順に並べられエッジが立って、これは画家の仕事、趣味ではなくて、神聖な表現、ゆらゆらと炎のように足穂宇宙が漂っている。ビックバンから遠くない時間だろうか、足穂だからこそ、ぴったりくる表現だろうか、古多仁氏によれば「足穂の蜃気楼」と云ったもの。紙の種類を変え幾枚か制作され、写真の構成もプロペラの他にジュラルミンのボックス(足穂本保管用)を配置したものも、想像が次々に飛躍して、興奮しました。コレクションの展示が、展示だけに終わらず、モノ達がなにか語ろうとしている様子、大和郡山まで遠出しなかったのが悔やまれる。でも、展示の様子は「コタニ・プレイズ・タルホ」と題した小冊子に纏められているので購入をお勧めする。いつも思い、もう確信になっているのだが、ある人を愛し長年追い求め、人生そのものになると、求道者は「愛する者」に同化する。古多仁氏は日本一の足穂コレクターになってしまい、エッセイストであり素晴らしい素描と写真をものにする人となっている。小冊子に収められた足穂の肖像デッサン、ダイヤモンドの瞳を描ける画家なんて他にはいないと思った。


東華菜館の円卓には、海鮮ミンチのレタス包み、ハルマキ、スブタ、水餃子、それに京都写真クラブ推薦のチャーハン。どれも美味い。

足穂の蜃気楼を捉えた写真をバチリ。

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稲垣足穂に献じられた「コタニ・プレイズ・タルホ」2010年10月1日発行、限定1001部、定価1001円 。
 奈良に戻る人達を見送った後、徳正寺に戻りフロッタージュ作品の現物を拝見する。素晴らしい、廊下を渡っていく銀河の階段、現代美術だ。地ビールを頂き、どかでこれを展示したいねと一同。大雨の中、再び河原町側に出てバーで一杯(こんどはバーボンなど)。阪急の最終電車時刻を超えての尽きぬ話題。きっと今宵の出会いは、わたしにとっても重大な意味を持つ事になるだろう予感。人との出会いあればこそである。