瀧口修造の光跡 I 「美というもの」展

朝の阪急烏丸駅では祇園祭りのお囃子、京都は蒸し暑い日が続いているが東京はどうだろう、本年4度目の上京も早い新幹線(のぞみ206号 700系、6時53分発・9時13分着)を使い、国立国会図書館の開館時間に永田町へ。戦前京都の詩人達の基礎資料も現物確認はほぼ済み、今日はマイクロフィツシュからの閲覧が三冊、それでも、コピーが終わったのは11時30分、時間がかかる。それから、最近、新しい場所に移った古書店に連絡するが不在の様子、仕方がないので予定を変更し神保町へ。九段下から流し中野書店、魚山堂書店、けやき書店、小宮山書店と続けるが必要な資料と遭遇出来なかった。しばらく田村書店でご主人と世間話。その後、二階に上がって驚いた。書棚の二列程に最近入ったと云うダダ・シュルレアリスムに関する書物が並べられているではないか。---アンドレ・ブルトンガリマール版の他に、研究書が幾冊も、ミッシェル・サヌイエの「パリのダダ」も幾種類もの版、テュシャンの研究書も。じっくり読んだであろう前所有者の書き込み(訳文、メモ)がほとんどの頁を埋めているので、廉価で棚に並んでいる。わたしには、まことに嬉しい書き込みなんだ。図書館員だったと云う前所有者のダダ・シュルレアリスムに対する思い入れが、ビビットに伝わってきて、興奮してしまった。それで、興味のあるブルトン関係を中心に取り出し精算お願いすると、17冊。住宅事情が許さないので、大量に買わない方針を守ってきたのに、いたしかたない。パスなんてしたら、古本の神様に見放されてしまうからな。鞄と手提げ袋に入れるとずっしり重い。そんな訳で後の書店は、棚をざっと見るだけにし、今回上京の目的である茅場町森岡書店へ丸ノ内線日比谷線と乗り継ぎ移動。




企画・構成 土渕信彦による「瀧口修造の光跡 I 「美というもの」」展は、森岡書店を会場に6月29日から始まり、本日が最終日。関連イベントの瀧口修造の講演「美というもの」の録音を聴く会と「瀧口修造の詩的実験」からの岡安圭子による朗読会は既に終わったが、最終日に土渕信彦のギャラリー・トーク瀧口修造の光跡」が予定されている訳。霊岸橋の手前を右へ曲がって戦前のビル3階へ。瀧口氏のドローイング、水彩、ロトデッサン、デカルコマニー、吸取紙、バーント・ドローイングなど約30点が並べられた空間は、書斎といった趣で光りに溢れ、書籍の後背に掛けられた作品の控えめな様子は、瀧口さんの書斎であるような。これまで見てきた土渕コレクションが、表情を変えている。瀧口さんなら選ぶであろう会場のしつらえは、アンチ美術館をつらぬいた精神と一致する立場であるだろうな。最終日にも特別に再現された講演録音で瀧口さんの声を聴く。(およそ1時間)想像していたより男性的で艶がある。でも、はにかんだ話し方、誠実な人柄なんだろうな。講演の内容については、記念カタログ(カラー図版多数、40頁、森岡書店扱い、1200円)に土渕氏の解説と共に活字化されているので、そちらを参照されたい。

 ギャラリー・トークまで時間があるので、小伝馬町のホテルにチェック・イン。田村書店で買い求めたブルトン本を並べてうっとりする。

書物の山、手前左の薄冊は土渕信彦による記念カタログ。---制作過程の苦労をご本人からお聞きしていたが、清楚な瀧口さん好みの仕上がりで、良かったのではないだろうか。他には「シャルル・フーリエへのオード」(これは注釈とフーリエ思想の解説を付したジャン・ゴルミエによる改訂版)。「対話集」(1913-1952のインタビュー数編)、「詩」(ブルトンの詩作品の代表作が収められている)、「失われた足跡」など。

森岡書店は亀島川の河畔に建つ第二井上ビル305号室。昭和初期の建築だろうか。
再び会場に入ると、旧知の顔がいくつも、瀧口ファンの熱いネットワークを感じる。土渕信彦が語る瀧口修造への思いは、高校時代から西脇、瀧口と進んだ詩的体験を通し、深く心に刻まれたようだ。大学に進みサラリーマンとなって、最初期のボーナスで手に入れた「スフィンクス」の事。偶然が重なった収集の様子や、サラリーマンとコレクターが両立しなくなった経緯などを、読み込んで背が痛んだ「詩的実験」縮刷版を手にして、土渕は語る。「シュルレアリスムのために」の読解体験も含め、同じような体験(彼とちがって表面的だったが)をしてきた、わたしとしては、考えさせられること大だった。「芸術の政治からの自由」と云うテーマや、瀧口さんの人生における幾つかのポイントをさらに伺いながら、わたしの人生にも重ねた。土渕信彦による瀧口修造の読解、連続した講義の機会が待ち遠しい。

ギャラリー・トークの後に、幾人かの方と路地を入った焼き鳥屋で一杯。群馬・天狗の枝豆が旨い、焼き鳥の仕上げもばつぐんで、脂のきれかげんが名人技だ。日本酒のラインナップも申し分なく、出羽燦々本生、越乃景虎、石鎚と素晴らしい。表面張力で膨らんだお酒の色香には参ってしまう。幸せである。


深夜、○○フェチのレコード・コレクターのお宅に誘われ、エリック・サティや六人組の音楽をドリップ・コーヒーと共にお聴きする。学生時代にもどったような興奮を覚えた一日となった。みなさん有難う。