会期も、残りわずかとなりました。

拙宅の拙いコレクションを観ていただいている京都工芸繊維大学美術工芸資料館での『展覧会ポスターに見るマン・レイ展』会期もあと僅かとなった(12月16日迄、日曜休館)。まだ、足を運んでおられない方のみならず、すでに来場された方への視点提供の意味を込め、展覧会についてコレクターの感想を書いておきたい。

 永年にわたって集めてきたポスターを個人の楽しみから解放し、共通の視線に置き直すことは、現物に客観性を与え、収集する意味と方向性を再考する重要な機会になったと思う。なによりも一同に会すると迫力に溢れ、マン・レイの写真、映画、オブジェ、油彩、デッサンなどにわたる仕事の広がりと深さに改めて感嘆したのは云うまでもない。生きていたとしたら、彼がこの展覧会をどう評価するのか? 彼の意図に添うような展覧会をしたいーーーこれが、いつも、わたしが考える展覧会への基本姿勢である。

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平芳幸浩准教授

 としたうえで、マン・レイの仕事に「Reflected」をキーワードとして迫った担当の平芳幸浩准教授の眼力に感服した。会場の挨拶パネルに「マン・レイは画家としてキャリアをスタートさせますが、後に写真家として有名になっていきます。写真は反射像 Reflected Imageです。反射像/反映を創り出してきたマン・レイ自身が、展覧会ポスターの中でどのような反射像を生み出してきたのか、じっくりご堪能ください。」と氏は書いておられる。ベルエポックから大戦期にかけてのポスター収集と研究、展示に定評のある機関に、マルセル・デュシャンを関心領域とする氏が赴任され、地元のコレクターであるわたしが出会えた幸運を、「シュルレアリスム」的に必然と呼びたい気もするが、氏の英断がなければ、展覧会は実現出来なかった訳で、重ねて、お礼を申し上げたい。「有難うございます。」

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美馬智氏

 そして、今回の展覧会に関し、デザイナーの美馬智氏に熱い連帯の挨拶を送りたい。現物と会場、企画の鋭さで展覧会が準備されて行く時、広報物(ポスターやチラシ)によって大衆とつながり、記録(カタログ)によって、歴史に位置づけされる。一ヶ月以上の会期であっても、次の世代に展覧会を観ていただく事は出来ないのだから、カタログは重要である。業界用語で濁った序文と解説、拡大も含めた過剰な図像で眼の認証をないがしろにし、開くこともままならない重量で身体とも乖離させられる一般的なカタログとは対照的な、生きて、展示の意図と連動する、今回のようなカタログを久しく手にした記憶がない。「美馬さん有難う」

 世界中の先行事例を前にデザイナーがどのようにマン・レイを解釈したのか? 同じデザイナーとして、独自性を込めた表現のアイデアをどこから導きだしたのか? 「キューレーターやデザイナーたちがどのようにマン・レイを捉えてきたのか、一人のアーティストの表象がどのように通底しまた変化していくのか」とする展覧会の企画意図からすると、2016年京都でのポスターやチラシ、カタログの出来映えが、展覧会の成否と直結する訳で、プレッシャーの中での作業だったと推測する。
 会場で御本人からプロの仕事を休んで復学された様子や、判型へのこだわり、カタログ・テキスト「ポスターの低い声」に用いた「色」をマン・レイとの関連から導き出した経緯など、多くの事柄をお聞きした。画像使用に制約がある中で、写真の有名作「アングルのヴァイオリン」を連想させる「f」を強調したタイポグラフィー、「Reflected」を反映した白黒反転像は、真摯に世界中のデザイナーと勝負したたまものだと思う。明るく謙虚な人柄は、クライアントとの調整にさらされるデザイナー故のフットワークだと思った。

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会場入口・第一展示室

 そのうえで、改めて会場に入ると「Reflected」のサイン表記の安定感と、解説パネルの遊び心に嬉しくなった。平芳幸浩氏の言葉の奥で反射したイメージが「無限」に連なっている。印刷の「裏写り」は誤りと思われるかもしれないが、意図されたもの。会場で違和感を覚えられたまま、帰宅された方がいたとしたら、もう一度、観て欲しい。

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 ポスターの表面に印された文字を全て、引き写すこだわりと、世界を意識したバイリンガルでの仕上げも含め、素晴らしいカタログが世に出たと思う。しかし、残念ながら諸般の事情で、これまで言及した印刷物(ポスター、チラシ、カタログ)の発行数は少ない。教育に資するための印刷物であり、全てが非売扱いと聞く。ーーー不謹慎だが「いずれコレクターアイテムとして高騰するだろう」と思うのは、わたしだけだろうか。

 この後に記録として残しておくべき物は、展示室の写真と平芳氏が執筆されたパネルの文章。来年には銀紙書房本として上梓したいが、美馬さんのようにセンス良く作れないので、どうしようかと悩み始めております。尚、12月3日に催されたシンポジウム「マン・レイシュルレアリスム」の報告については、改めてアップする予定。